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「グレース妃と美少女の幻想」

2014年10月24日
 【】

    南国は、もの皆美しくする、なんて聞いたことはない。けれど、グァムのロッテホテルの広いロビーのテーブルに向かい、海を見ながら仕事をしていると、そんな気になってくるのだ。
血塗られた歴史を知らぬわけでもない。今月のはじめ、パリのコンコルド広場の見える木立のなかの椅子に座っているときも、うしろめたさを感じながら、幸せのひとときをすごしたばかり。
そして、今、南の島にいる。人影がして、ふと、顔をあげると、なんと、グレース・ケリーを小柄にしたような美少女が、「コーヒーをお代わりしますか」と聞く。午前中いた白人の美青年と交代したらしい。どぎまぎした私は、反射的に「いらない」と言ってしまった。
しばらくして、後を追って「コーヒーをください。やっぱり飲みたいです」少女は、はにかむように、クスリとわらって、「お席にお持ちします」
わたしは、ボーッとしながら、9月にJALの機内で見た「グレス・オブ・モナコ公妃の切り札」という伝記ドラマを思い出していた。
今年度のカンヌ映画祭のオープニング作品である。26才の若さで引退したオスカー女優グレース・ケリーとモナコ君主レーニエ大公との結婚は、20世紀のおとぎ話として語りつがれている。
しかし、モナコ王国を、フランスのときの大統領ド・ゴールの野心から救ったというグレース・ケリーの愛の英雄的行為は、知られざる歴史の一ページであったことが、このドラマでわかる。公妃は単に美しいだけではなかった。フランス領にされかねない母国の危機を救ったのは、テロリズムではなかったのです。愛の無限の優しさからくる知恵と本当の勇気でした。

南は、九紫。美は九紫。知恵は九紫。勇気は九紫の先天の六白。映画は九紫。愛は、一白と七赤の究極に六白性の純度が加わった慈悲で、普遍性の愛でしょう。精神性(スピリット)の高みも九紫でした。

ニコール・キッドマンは、グレース・ケリーにもともと似ているので、役としてピッタリです。それにしても、あの題名、もう少し、グレースであってほしかったなあ(笑)。
ケリーバッグは、いまでも人気なんだろうか

                                                                                   幻想に耽るむらっち

             

「至福とイラッチ」

2014年10月23日
 【】

   そうなんです。矛盾するテーマは、傑作「闇と光」の真逆のテーマで抉る芥川賞作家の開高健の影響かな。いや、違う。本来の自分の性(さが)です。天才開高健にあやかろうなんて、図々しい❗

グァムに来て二日目、10月23日夕方である。いつものロッテホテルグァムのグラブラウンジで、ポツンと赤ワインのグラスを傾けていると、大ガラスごしに広がるタモン湾、霧雨が降っている。
手前には、ブルーの色のプールと人の気配のないデッキチェアーと、そのそばの南洋の植物の緑の葉が重なりあいながら、雨に濡れて、微かにゆれているのが目に映る。
ああ、し・あ・わ・せ
〜ふと、声に出して言いそうになる。この風景に癒される自分。単純なんです。瞑想の深さと同じ、至福そのものが胸の奥に広がる。
ホントは、この至福感はまだニセモノよ。
なぜなら、今月は、象意のとうり、私の本命からして、「イライラする。腹が立つような人に出会う。図々しい注文に切れやすくなる。ケンカを売られるような理不尽な対応に立腹する」などなど。キレないように、手帳の今月の欄には、ひたすら忍耐と書いてあったな。
至福にありながら、ニセモノといったのは、今が絶対的至福ではなく、相対的至福だからです。絶対的至福なら、現実界の理不尽に傷つくことはないからです。傷つくのは、つまり腹が立つのは、普遍意識の深さには達していないからである。
でも、いいじゃないか。この静かで、日常から離れた自然と一体化出来るゴージャスな雰囲気は、アウトドア派でもなく、インドア派でもない、浮遊派(?)の私には、たとえ、つかの間であれ至福をもたらせてくれるのだから。
それにしても、実践哲学・気学は、知れば知るほど、人生の深奥を教えてくれるようだ。

                                                                                         霧雨の海が好きのむらっち
             

「北海高校と松岡修造に感涙」

2014年10月18日
 【】

   初めに断っておきますが、熱血漢のテニスのプロ松岡修造さんと、札幌の名門校で129年の歴史を誇る北海高校と直接関係はありません。

じつは、この北海高校の「第36回教育の集い」で、同校のPTA研修部主催に招かれ「子供の能力を伸ばす」講演を終えたばかりである。

「プロスペクティブ・メモリー」の活用が、能力を伸ばすというテーマで話してきましたが、正しく理解されただろうか。
観念的にうけとめられたのではないかと、少し危惧しながら帰り、札幌の事務所のテレビをひねった。
画面は松岡修造氏の「炎のテニス合宿」という内容。5人の小学生を特訓するという二時間番組であった。
テニスを通じて自分を変えたいという子どもたちに対する、激しい特訓である。

久し振りに感動の涙が、あふれでた。先ほど、自分が講演した内容の実践編でもあったからだが、松岡修造に向き合う小学生たちの心情に対する松岡修造の激しい特訓の奥にある愛情の本気さが、見るものの心をうつ。

もうひとつ絶対に見逃せないのは、子どもの可能性を徹底して引き出し、子ども自身にそれを自覚させる工夫とその思いやりが、厳しさの奥から溢れ出ていることだろう。皮相な見方をする者には(あり得ないと思うが)単なるスバルタ式特訓だと受け止めてしまいかねない。
 
感動の涙、涙。松岡修造氏は天性の教育者ではないか。よく計算された番組で、現代に失われがちな大切なものが、ひしひしと迫ってくる。「こうありたいという明日の自分が描かれるなら」それこそが、プロスペクティブ・メモリーであり、それによって、どんな苦難も乗り越えられる。激しさは、愛の裏打ちがあって、初めて克服出来る課題と変質するに過ぎない。

伝統ある北海高校の雰囲気も「熱い絆」であった。山崎省一校長、梶谷大志PTA会長、星さん、鶴谷さん、木内さん、そして、長谷川先生、渡邊恵美さんたちに御世話になりました。北海高校の話しとテレビの内容がかさなり、そのシンクロニシティに、また、オキシトシンがどっと分泌しています。一切に感謝しています。

                                                                                    オキシトシンまみれのむらっち

             

「カフェ文化のパリ」

2014年10月14日
 【】

    

   パリに来れば、必ず行くカフェがいくつかある。
当然ながら(?) 左岸のサンジェルマン・デュプレ、カルチェラタンにあるカフェで、二軒は行きたい。

だけど、11回救急で病院にいき、緊急手当てをした、胆石症は、手術拒否で、東大病院の主治医らに、多大なご迷惑をかけ、ついに「どうなっても、自己責任ですからね。ふつうは、一回の激痛で即手術ですよ」といわれてしまって、首をすくめるしかなかったのですが。胆石がダイヤモンドに変わるまでと負け惜しみ言いつつ、爆弾を抱えたままで、生活している。

元気になると、懲りないもので、ムクムクといつもの喫茶店に行かねばと、思う。
慎重に道順を考える。
無理せず、第10区の北駅前の下町のこのホテルから、セーヌを横切り、左岸に渡るのだが、1時間半はかかるかな。
シテ島の鼻先を横切る橋は「ポン ヌフ」直訳すれば、新橋だ。
パレ ロワイヤルに行き、ルーブル美術館の横を通って、この大好きなポンヌフを渡る。橋にも好き嫌いがあるのは、自分でも不思議だけど。

ナポレオンの帽子を飾った1686年創立のカフェに、なんと真っ直ぐたどり着く。

むかし、ここで、時の革命家や文化人たちが
よく集ったカフェ。どんな密談をかわし、どんな文化論を戦わせたのか。二階には、その文化人や革命家や芸術家たちの手紙や資料があったが、いまは、高級な家具とデザインによるrestaurantとサロン風のバーティ用に改造されている。

タキシードに身を固めたギャルソンがキビキビ動く。
「予約はありません」と、入口で言う。
「ムッシューお一人ですか?」と聞かれて、ムッシューらしい装いで来れば、良かったと軽く後悔、「ウイ、ウイ。一人です」
丁寧に「シルブブレ」というままに、テーブルに着きほっとする。

オイスター、野菜、ギャルソンに好みをつげて、グラスの赤ワインを頼む。トリフュが付く特別のsaladは、ギャルソンのお奨めで、大満足❗酒は控えたいと、思っていたが、こんな美味なら、控える方が、体に悪いだろうと細胞にきくと、ンダンダというので、ワインをお代わりする。
午後2時30分。

さて、つぎは、20世紀の知性の代表のひとり、実存主義のサルトル、当然ながら、ボォーボワールのいつもいたカフェに、ご挨拶しなければならない。このカフェから、近い。

10分前後で、おめあてのカフェ。しかし、とても入れない。お客で、ごった返しているではないか。硝子ごしに見える中にも、オープンにも。枝美佳と来たときも、となりの客と体が触れあいそうな混み具合であった。

カフェで、仕事をするのは、斎藤孝教授が、喫茶店の活用の本を出される前から、習慣になっていたのですがしかし、これでは、とても入る気がしない。
近くの寺院の裏庭にある、詩人のアポりネールの胸像にご挨拶をしに行った。
結局、往復やく5時間の道のり、帰りがけは
疲れて、MACに入って400字詰め10枚の原稿を仕上げる。
                                                                    カフェ中毒のむらっち


「パリで」

2014年10月13日
 【】

    

      小雨降る マロニエの道  パリの空
      足軽やかに弾むこころよ。

      暮れなずむ  セーヌの川に  街灯の
      揺れて映りし 胸のときめき。


                                                惜春鳥のむらっち   

パリの迷い子

2014年10月11日
 【】

   

  1972年に、初めてヨーロッパ、パリに来て以来、もう、二十数回前後は、訪れているはずなのに、いまだに、迷子だ。本来、整然として
凱旋門から伸びる放射線状の道を覚えたら、簡単なのに、とぼしい脳ミソを、そうゆうのに使いたくないという、ドケチナ根性がワザワイして、また、そのときの、成りゆき任せの旅(人生?!)のクセが、大いに影響して、いつも、いつも迷子になる。

いや、正確には、一人のときは、迷子にはならない。なぜなら、迷子とは、目的地があって、そこにたどり着けないときをいうのだ。ひとりのときは、行き当たりバッタリゆえ、行く先々が、目的地みたいなものだから、断固、迷子じゃあるまい。

だが、今回、富士晴美さんに、山川庸子さん、北尾りえさんという
女傑、深窓の令夫人、京の女将という、お一人がこの3要素を、兼ね備えた個性豊かなご婦人のお供とあれば、ゆめゆめ迷子になぞ、なってはならぬのだ。
ところがです。みごとに、迷子になったのです。申し訳なく、シャンゼリーゼ大道りを、往復していただき、流石にコンコルド広場の見える木立のしたのベンチに、4人がすわる。
おみ足は、休息しても、四人の、口は、流石に疲れ知らず。談論風発、その笑い声は、コンコルド広場まで届く。

オペラ座にもどり、東京・池袋の歯科医院にいた枝美佳と連絡、このヤマノカミさまの、遠隔操作に、従う。

電話の指令のままに従っていると、彼女の好きな「クスミ・テイー」の前を過ぎて、目印のスーパーマーケットもとうり、自然に、目的地に着く。5、6回は来ているのに、ホッとしたわたしは、もうなにも言う気がしなかった。
それにしても、グローバル社会は、通信網と交通網の土台の上になるのか。

反省、何事も計画性をもて。事前に調べろ。グループ行動と、個人の行動は違う。脳ミソをけちるな。う~ん、どれも、実行不能だな。
三碧の剋気、一白の剋気、それにしても、4、5万歩は歩き倒したかもしれぬ。

その夜、深夜、激しい腹痛に襲われる。しまった、おさまっていた
胆石症の発作だ、と本当に反省する。過労、ストレス、過食ーー気
をつけていたが、油断したと、エビのように体をまげて発作の収まるのを祈る。手術はしたくない。今月は、病気、及び再発に注意と、アカデミー誌に書いたと言うのに。

我輩のワガママに、天罰がくだされたか、いや、警告でしょうね。
                                                                       警告に神妙な むらっち




「サブちゃんと欽ちゃんに教えられ」その2

2014年10月8日
 【】

「1%の力」と言う本を、10月4日に、著名な医師で、作家の鎌田實先生

が出しています。わずか1%を、誰かのために生きなさい、と奨めている本

です。


鎌田先生の言葉に、深く納得。だが、1%でなく、90%以上常に人々のこ

とに気を使い、演じ続けるのが、天下のサブちゃんと欽ちゃんではないか。


何パーセントであれ、人の為に、何かをするとき、脳からは、喜びのホルモ

ンのオキシトシンが分泌されることが、脳科学ではわかっている。


どの分野であれ、人類に役立つ存在として能力を発揮する人は、目先の利に

右顧左眄しないようだ。今回、ノーベル物理学賞に輝いた三人の日本の科学

者たちの研究テーマに取組む姿勢。「20世紀中には無理として、次々に去

っていく中での研究」に感動させられる。


6年間もの流しの修行のあとサブちゃんは、たまたま、出会った人の導きで、

歌手デビューのきっかけをつかむ。それ以降の大活躍は、もう省略しよう。

ピンチに陥った新人のコント55の欽ちゃんを救ったのは、大御所・北島三

郎氏であった。北島三郎氏への恩を生涯忘れぬ欽ちゃん。視聴率100%男

と言われるようになったその萩本欽一氏が、今度は、数多くの新人をスター

街道へと、どれほど送り出していったことか。


それにしても、一流となる人たちの出会いは、なんともドラマチックである。

飛ぶ鳥を射落とす勢いの不世出の俳優石原裕次郎と、ホテルラウンジにおけ

る新婚旅行中の「なかにし礼」氏との出会いもその典型。


当時、全く無名だったなかにし礼氏は、石原裕次郎の出会いをきっかけにし

て、売れっ子の作詞家となり、さらには、直木賞作家として活躍、テレビの

コメンテーターなどでも才能を発揮しているのは、ご存知のとうりです。


新しい出会いをつくる九紫の気。

引き立てを受ける六白の気。

引き立ててあげる六白の気。

 それらのベースになるのは、二黒の気ということでしょう。素直さだ。

    パリ出発前夜・皆既月食むらっち。


「サブちゃんと欽ちゃんに教えられ」

2014年10月7日
 【】

もしかしたら、とんでもない表現をしているかもしれません。

サブちゃんとは、あの歌謡界の大御所北島三郎氏で、欽ちゃんは萩
本欽一氏のことだから、ちゃんで呼ぶなど、フアンに八つ裂きにさ
れてもいいのだから。
どうか、無礼をお赦し下さいますよう、伏して、お願い申し上げま
す。

じつは、その日、千歳空港から伊丹空港へ。出迎えの枝美佳の車に
飛び乗り星風アカデミーの大阪本部へ、古西理事長傘下の企業の取
締役と企画のミーティング。ほっとして京都の家に入る。テレビは
両巨匠の対談の途中であった。

旅回りの疲れも、風呂に入ることも忘れ、お二人のトークにクギ付
けになった。感動した。ああ、そうだったのか、と何回も一人で我
が膝を打つ。そして、これまで誤解して、身勝手にイメージしてい
た自分に気が付き、テレビ画面の北島三郎氏に、(勝手な思い違いを
していました。表面しか見ずに、敬遠していたことを、お詫びしま
す)ーと。本音を口にする。

どの分野であれ、一流の人物は、凄いと、改めて思う。視聴率100
%と異名を取った欽一氏。北島三郎氏を恩人の一人と言う。その恩を
忘れぬ心。
北島三郎氏が仲人された御弟子すじの売れっ子の歌手である新婦に結
婚披露宴に呼ばれて、1000名の大会場の赤坂プリンスホテルへ、
元官房長官の藤波夫人と、出掛けた。そのとき、新郎新婦と北島三郎
氏御夫妻で記念写真を撮ったのが、唯一の接点であった。


お二人の「道への追求力と永遠に進化することを目指す意欲、自由へ

の憧れと、現実の世界の山巓を極めたものだけの知る下山の見極め方

の極意」に、つい、ため息がでそうである。


山巓を極める、大成功の共通点は、いくつもあるが、しぼると


1) 素直さ(知恵のある素直さ)

2) 出会い(相手の気持ちを考える力)


この二つの実践だけでも、引き寄せのパワーが強くなるのは、当然と

言えそうです。100名のうち、98人が分かったつもりで、実践出

来ないデータがある。100人中の二人になるために、気学の活用が

あるのですが。


そんなことを、今、考えながら、ふと顔をあげる。台風の去った太平

洋の青が広がっている。

ここは、茨城県の河原子海岸。「湯楽の里」大広間のガラス越しに、

テトラポットに砕ける白波が眩しい。繰り返し繰り返しの白波。

ラッキーチャンスは、カモメや豚ではなく人間がもたらす。


   幸運は人が運ぶ とリフレーンのむらっち。

「20年振りの声ーあなたは?」

2014年10月7日
 【】

「やあ! お久しぶり! マツカン」少し興奮気味の自分の声に気が付く。

「おお! 先生! 20年前と同じ声だ。お変わりないですね。先生は確か私より

10歳上でしたね」

「いや、16歳の差だよ、マツカンは、七赤だから」

マツカンというのは、本名ではない。愛称である。

毎月行くグアムから帰国、那須へ一泊し東京に戻り、支度して札幌へ行くため羽田

空港のラウンジで、しばしほっとしたとき、東京の友人からメール。それが、マツ

カンのアドレスと電話番号であったのです。搭乗時刻が迫り、札幌のオフィスに着

いてからの連絡となった。


20年前に、東京から姿を消して以来、初めての電話での会話である。星風アカデ

ミー刊の「気学暦手帳」を開くと、(旧友、旧知の人物と再会または連絡)というべ

き事象、出来事があるときとある。なるほど、なるほど、と納得する。

20年間彼の消息を知らないわけでは、ない。ある地方の著名な県知事の応援議員

として、たまにテレビに登場していたからだ。「神主になるべく神職の資格を取得

し全国の神社で修行していたのに、政治家になったか、それなら、それで大成して

欲しい」と、テレビ画面を見ながら思ったものである。神職という9紫から6白へ

の転身か、と気学的解釈をしてもいた。才能のある男だが、国政までいけるか。他

の適正もあるのでは、と言う印象があった。


札幌から、東京を飛び越して、真っ直ぐ大阪・伊丹空港へ。京都に落着き、その夜

5、6年連絡の途絶えている元政務官で、次は大臣とされて活躍していたK先生の

携帯に、電話をする。その番号が使われているか、どうか、不明のままに。気学的

象意が、真実なら、つながって当り前と思いながら。

なんと、2コールで、直接ご本人の声。「どうも、村田先生、ご無沙汰です。KM

です」と、いつもの気取りのない声に、この政治家の人気の秘密をみる思いがした

し、私の携帯番号が、先生の携帯に生きていたことも喜びであった。

       旧友・旧知との再会の象意のままのむらっち

「至福のひとときと救急車」

2014年9月25日
 【】

  
   目の前に、タモン湾に続く大洋。ピアノ曲が、流れている。
クラブ・ラウンジのソファーから、目の下にプールが見え、その向こうに海が広がっている。椰子の木の葉が、ガラス越しに、微かにゆれている。

  ここの昼下がりの静けさは、どうだ。と、プールで泳ぐ人影を、眼下にみつつ、誰にともなく、自慢したくなる。
五つ星の、Lotte Hotel Guamの、クラブ・ラウンジは、グアムに17年住んでいるという、謎の美女というべき若きセールスマネジャーの岡部志津代さんが、ノーブルにいわく「グアムで、最も広いラウンジです」

グアムで、一番かどうかは、比較する材料がないので、わからないが、すこぶる気に入って、コーヒーを飲みながら、プールの色と海の色とを、交互に眺める。気の遠くなるような、昼下がり。

  ぜひ、「銀座の女神」のK姫には、一度は、ここにお泊まり頂きたいと思ってしまうノーブルな快適さです。

   じつは、さきほどまで、緊急のメールでじたばたしていたのだ。事故で救急車で搬送された方、自殺未遂の少女の親、旅先でのケガの方、アルツハイマーで行方不明という親族からのご連絡などは、それなりに、お返事が必要である。アフリカからの問い合わせもある。

   それ以外もあるけれど、緊急以外は、お許しを願うしかない。
それにしても、この「至福のひととき」とは、何なのだろうか。東京のヤマのカミ様からは、11月のスケジュールを、その豪華なクラブラウンジで作りなさいと、指令がくる。

プールと海を見る。
少し風が出てきたか。
でも、それすらも、優雅に感じる。
イスラム国への空爆も、人質の殺害も、兵庫県だかの、いたいけな少女のバラバラ死体の残虐さも、この世の、いま、起きている現実があるというのにー
 人は、神様か、悪魔か。
    それなのに、本当に 申し訳ないけれど、瞑想のあとの至福に、今います。        

                                                           

                                                                           ラウンジの至福のなかの  むらっち

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運命を創る専門家/Dr.むらっちのモットー

運命カウンセラー。作家。心理学博士。健康科学博士。気学家。
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気学などの意識の開発で、幸せを築く4つの豊かさを実現します。
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