Dr.むらっちブログ Dr.むらっちブログ
  • HOME >
  • Dr.むらっちブログ

Dr.むらっちブログ

[ オーストラリアの砂嵐 ]

2014年6月30日
 【】

   関西と関東からご参加の祐気研修ツアーは、16名。
シドニーからほぽ200キロ離れたポートスティーブンスの32キロの砂丘へ、現地のガイドであり、星風会のメンバーのミィディ中島社長のバスで、朝7時半にホテルを出発。途中、かやの祐気姫をピックアップし、2時間半のドライブであった。

風の強い日だ。昨夜は、ホテルで、セミナーをひらく。冒頭に古西社長の体験スピーチによって、実践哲学の効果と今回の象意の一部とをあかして、[ 八白の止まる意味をしらず、よくきましたね] と笑いを取っていた。その後2時間ほど私が語る。[意識と気学と科学の関連 ] を語る予定が、大幅にずれてしまった。
さて、気学的セレモニーの現地についたときは、強いかぜが、大洋の白波を巻き上げながら、砂丘に、吹き付ける。

まともに、眼や口を開けておれない。風上に背中を向けてしのぐしかないが、なぜか、これもまた不思議なことに、どこか、ワクワクする。わたしは、薄いストールを、顔全体にまきつける。その薄絹をとうして、世界が美しく見える。
全員が、砂嵐と戦いながら、生き生きと動いていた。それを詠(よ)む。

砂と風  巻き上げ襲う 丘の上
     願いよ 届け  三界に立つ

有難う  狂うがごとき  砂嵐
   襲い来たりて  奮い起つ我

叩き込む  木槌の重み  我が想い   潮風吹きて 迷いを断ちぬ


砂嵐に奮い起つ むらっち

[ 死の瞬間と〈海賊の娘〉] その2

2014年6月27日
 【】

   

  本屋大賞の著者や作品の傾向を知っていたわけでは、全くない。激しい日程の合間に、少し、息抜きをしたかったからにすぎない。にもかかわらず、前述したように、圧倒的筆力に屈服してしまい、窮屈な日程を、さらに、タイトなものにしてしまった。小説世界に、すっかり引きずり込まれてしまったのだ。自業自得である。それでいて、虚構の世界の醍醐味に、すっかり陶酔している。
そればかりか、あの著名な立花隆氏の[ 証言-臨死体験] のなかに、取り上げられたひとりの木内鶴彦氏(コメットハンターとして公認されているかたでもある) の、臨死体験の説明を、ふっと思い出していた。

瞑想は、死の練習であると、ずいぶん前に、何かに書いたことがあるが、反応は思わしくなかった。体外離脱を何回か繰返し、意識体として、宇宙を巡った経験は、臨死体験者のそれが、わかる気がするのです。

今回、エンタメの小説として読んだはずが、ぐいぐい虚構の世界に引き込まれて、生死のやり取りの修羅場で、普通に言うなら、死の追体験とも言うべき、死の恍惚感を得たのです。普通でない言い方をすれば、深い瞑想状態の究極の意識状態の、超越的な体験を味わった気がしたのです。それは、体験者なら、わかるように、意識が拡大し、肉体から離れた澄みきった状態とも言えます。そこには、恐怖も、傷みも、不安もない、意識の広がりの恍惚のみの存在の世界としか言いようがないフィールドがあるだけです。

激しい活動のあとの、ふとした休息の一瞬、その隙間から、人は、誰でもそのフィードルに入りこむのでは、ないでしょうか。

いま、オーストラリアに出発すべく、JALのラウンジで寛いで、これを書いています。
小説の描く虚構空間に入り込む、もうひとつの功徳を、いま、痛感しています。著者に感謝します!

                                                                    心の自由さに感動 のむらっち


[死の瞬間と〈海賊の娘〉]

2014年6月27日
 【】

   東回りの世界一周から、帰国するや否や、成田空港から、池袋のインプラントの歯医者へ。ついでに、そのロビーで、仕事の打合せをし、ようやく家に戻る。車をおりて、行き付けの小料理屋で待っていてくださる、関西の方々の事業家、病院の副理事長などに10分ほどの遅刻で、御挨拶できた。

その歓談会食を終えて、枝美佳の運転で、那須の山荘へ、夜道を走った。ようやく、予定をすべて果たしたのだ。

那須に着いたときは、流石に睡魔におそわれて、ベストセラーの和田竜[海賊の娘] 上下二巻を手にしたまま、蒲団のうえに倒れ込んでいた。
目覚めると朝、かけ蒲団が掛けられ、小さく開いた窓から、那須高原の爽やかな空気がさやさやと、心地よく流れ込んでくる。ウ~ンと身体を伸ばすと、緑色に染まったかのような朝の空気が、肺を一杯に膨らませてくれる。

この那須で、二泊して仕事をすませると、東京に戻り、打合せ後に、200キロ離れた北東のある町に、枝美佳の運転で向かった。その助手席で、買ったばかりの[海賊の娘]を読み始める。時代物エンタメ
の大作か、気分転換には、これにしよう、と決めておいたのだ。劇画のようなものだと思いつつ、ページをめくっているうちに圧倒的な筆力につかまってしまった。
サービスエリアで、コーヒーをのみながら、枝美佳が、
[ 同時に20冊も30冊も平行して読んで、中身なんかわからないんじゃないの?  いったい、今度は、それなんなの?
おもろいの? どんなん書いているんや。ちょっと、中身言うてみてよ。コーヒー飲むの? 本読むの?  どっちかにしいや!]
段々、追求が厳しく、声音もヤバくなってくる。
[内容やテーマや分野が、それぞれ全く違うから、混乱しないよ。小説でも、純文学からエンタメまでいろいろあるからね。たまに、180度違うものが、気分転換にもなるから]
[そやな、料理も、毎日、同じメニューやったら、飽きるもんね] と直ぐ機嫌はなおる。

快適に運転してくれる助手席で、ノンビリ読書するのは極楽そのものだ。が、時おり、
[運転、かわろか?] と、この世で、最も恐ろしい提案がなされさえなければ、幸せなのだが、この台詞で、極楽から、奈落へおちるのである。

東北の静かな町のホテルで、仕事をする前に、この大作にすっかり引き込まれてしまった。食事もトイレも、本が手放せない。読むんじゃなかった、と、妙な後悔をする。
[ 食事前に、散歩でも行ってきたら?  そんなに眼を使うと、目悪うするよ!] 女神はいちいち、うるさくなる。

部厚い本を手に、うまいなぁ、と、時おり、偉そうにその筆さばきに感嘆する自分に気づく。作家が聞いたらそれこそ、私の首と胴は水平に一刀両断にされているところだろうな、と首をすくめる。

この大作のなかで、じつは、わたしは、久方ぶりに、死の直前の恍惚感を、味わった気がしたのです。死の直前と言うよりも、生から死へ移行しつつある、めくるめく浮揚の歓喜に似た世界をあじわっていたのではなかったのか。文字から、意識ははなれ、しかし、眼は、文字を追っていながら、霞みつつ、それでいながら濃密な意識の無限の広がりのなかに、心地よく、浮揚しているのです。それは、臨死体験者たちの書く様子ににてもいるようです。しかし、わたしは、何回も体験したあの幽体離脱(体外離脱)のあの感覚を再体験していたのではないだろうか。そう、思えてなりません。その事に、もうすこし、触れてみます。

                                                                       恍惚感を思い出すむらっち

[帰国の空で]

2014年6月20日
 【】

   東回りの世界一周の旅は、帰国の道につく。気学的課題、意識のテーマに、自分なりの収穫があったと、思うが、追々発表しようと計画しています。

ローマでは、ダウンタウンの中心の五ツ星のホテルに泊まれたのも良かった。ニューヨークは、ツアー会社が準備した中級のホテルをキャンセルしてもらい、中心から離れた旅慣れした人の泊まる、格安の三流ホテルを、指定した。仲間に悪かったかもしれないが、二つの理由から、そうしたのであったがー。

6月19日、駆け足だったが、もう帰国である。いま、ローマの空港でチェックインをすましてラウンジ。
AVIAPARTNERがユーザーと言うラウンジであるが、国によって、ラウンジの雰囲気は、全く違う。その違いが、たまらなく好きで、違うラウンジに入ると、わくわくする。

昔、ある女性を、ラウンジにご招待したら、あとで、[ せっかくの買い物ができなかったわね。村田さんは、自分のスティータスをみせつけたいのよ]  と周りの方々に言っていたらしい。

ウーン、さすが、カシコイ方だと、感心して以来、むやみに人を誘わないように心がけているのですが。買い物にも色々あるが、たかがラウンジで、スティータスもないだろうが、私のビリーフには、物的買い物もいいけれど、ラウンジのこの雰囲気と人種と職種や社会性の醸し出す目に見えないなにかの買いものが、興味深く、これも捨てたものじゃないぜ、と、たまには啖呵を切りたくなるが。

自分のムラと家しか知らない若者には、常識に凝り固まった安っぽい正義と井戸端会議的価値観のオジンやオバンの腐ったステロタイプの価値観やビリーフをかなぐり捨ててほしいのだ。(当たり前だが、優れたオジンやオバンも山ほどおられる)

今朝、ローマのホテルの出発間際、先にロビーに降りて皆さんを待っていたとき、初めてご参加の、いつも控え目な大学生が来て、ふかぶかと頭をさげて、小さな声で、有難うございましたと、言いながら、涙をながしていた。言葉はかすれがちでしたが、(感動的な旅でした。深いこころの奥に一生残る何かを刻み込み、有り難い想いで、胸がいっぱいです)という意味が、私の胸にひびいてくる。彼女を誘ったその娘の若い叔母が、言葉を添えて、有難うございましたと、お礼をいう。彼女の目にも、涙が、溢れていた。
思わず、その姪ごさんの手を握りしめていた。そして心のなかで、この純粋性で受けとめた事柄を、物質次元で汚されることなく、相対世界(物質世界)でも絶対界でも、二つの世界で、花ひらかせてほしいと、この若き女性のために祈った。

感動は、知性を越える。愛は数字で表現できない。数量化し難い。しかし、愛は理屈抜きに伝わる。
感動も同じであるでしょう。それは、一種の魂の震えでもあろう。しかも、それは共有できるのだ。物は、単純にその所有者のものである。所有者だけの喜びにすぎない。

ローマにくるたびに、そして栄華を誇った遺跡を見るたびに、それを痛感させられる。人間の偉大さとともに、人間の深い業そのものを、間近に見せられ、ただ、うなだれ、こうべをさげるのみである。
[ブルータス、お前もか!]  と叫びつつ、20数回も身体を刺されつつ、息絶えていったジュリアス-シーザーの体とこころの痛みを思い出すたびに、それが、少しは、我が身に甦るようで、ぞくぞくしてきて、思わず、想いを敢えてそらすしかないのですがー!

物質次元を、越えるとき、超越的意識に達する。そこは知性を越えた、真の叡知と愛の世界がある。過去の英雄や英雄に仕え、あるときは対立した芸術家たちが、そこにブローチしていたならこの地上には、別のバラ色の帝国が築かれていただろう!
仏陀も、イエス-キリストもそのことを、気づかせるためにこの星に、現れたはずであったのですがー! 誰が、それを都合よくねじ曲げたのでしょうか?

いま、FINNAIRのヘルシンキ行きの機内。もうすぐ、ヘルシンキの空港に着くと言うアナウンスです。急いで、着陸体勢をとらなくちぁ!

                                                                                 慌ててシートベルトの
                                                                                                     むらっち

[ ローマへの我が小さな奇跡]

2014年6月18日
 【】

   ニューヨークからスペイン。そのマドリッドから、イタリーはローマに着いたのが、16日の夕方だ。

ホテルには、現地の旅行代理店の社長とガイドさんが、待っていてくれた。

ここで、関西からスイス、ミラノ経由のもう一組の増井、富内、伊瀬知、島崎グループと合流する予定だが、このホテルに予約はなく、他のホテルだろうと言うことになり、一切連絡がとれず、困惑するが、ガイドさんに任せて、マリア-カラスも、通ったと言うレストランで食事。
食事の終わる頃、いきなりと言った感じで、不明だったさっきの一行四人が、現れた。
ビックリ! 同時に  ああ よかったと、ホッとする。代理店の手配によれば、同じホテルに部屋がなく、近くの別のホテルに変更され宿泊している、と言う。
別の旅行代理店(4緑)の連絡(4緑)のミス(7赤、9紫) とともに、4人は、私やメンバーにさんざん携帯で連絡したけれど不通(4緑)だったと言う。

しかし、これで、予定どうりに全員揃い、次の日は、チャーターした専用車で、これまた、手配してくださったレストランつきの農場に行けることになった。

15,6年前、一般ツアーに混じって、ある男性と私の二人でスペインを回ったとき、ガイドしてくれた人物が、じつは、今回のマドリッドのガイドしてくれた人物と同一であった。あのとき、その他大勢のなかのひとりのツーリストである私を、彼がおぼえているはずはない。しかし、私は、彼を忘れようがなかった。同行した男と、私がみたそのガイドの過去世とその人生の挫折とを、何回も同行の彼に語ったからだ。しかも、ガイドは、気付かなかったが、私と男の二人だけの裏どうりのレストランで食事をしているとき、ガイドが女性同伴で入ってきて、隅の席で、暗い顔をして語り合っていたのも印象に残っているのだ。
あのとき、ガイドの端々に滲む希求したであろう絵画の世界で身をたてようとしたことからの挫折感と、日本へのシニカルな目や批判には、どこか、恨み節があるように感じられ、私はわたしで、心の奥でひとりで、傷ついていたのだ。
だから、彼の事を忘れようにも忘れる事は、なかったのです。
しかし、今回の再開は、過去の諸々がスッカリ吹っ切れ、ガイドに徹した姿があった。シニカルな目は、笑いをとる職業的話術にしっかりと昇華されて、無邪気なツーリストを笑いの渦に巻き込む。その人間味と深さは、歳月を経て葛藤を克服し、変貌した密かな個人史として結晶していると思え、人間はかわれるのだと、思わず感動して、ガイドする彼の横顔をうるうるする目で、わたしは、みつめていた。
ひとは、人生のアーチストになれるのだとー。それはりっぱな一つの作品なのであろう、ともー。
その夜のセミナーで、その話の一端にふれたのだが。

そして、このローマでも、ささやかな、シンクロニシティは、続いておき、同時に気学的実験の成果をも手にすることができた気がするのです。

                                                          東回り一周の旅の意味に
                                                                              わくわくの むらっち

[ 静寂の中の炎のパッション]

2014年6月16日
 【】

    プラタナスの街路樹の昼下がりのバル。穏やかなコーヒータイム。
マドリッドの穏やかな街のどこに、銃剣と銃弾が火花を散らし飛び交い、幾多の血が流れたのだろうか。
平和を叫ぶゲルニカのような作品、魂の炎の情熱は、連鎖した魂の表現の現れであろうか。
数々のアーチストたちの炎の創作は、魂の叫びだろうか。

プラタナスの街路樹の梢が、6月の風にゆれ、目映い太陽の光の中を、ニューヨークからの二人と、日本からの山田さんたち、八田先生、津野さん、清川さんと合流する。

スペインの、6白の戦争と奉仕、王公貴族、7赤の芸術と情熱的愛の交錯のシンボル

古い歴史は、流血と贅と退廃と魂の叫びとを、静かなヴェールに覆い、なにごともないかのように、プラタナスの街路樹とともに、たたずんでいます。


                                                                古都の佇まいに神妙な、
                                                                                   むらっち

[ 富士は晴れたり旅の空 ]

2014年6月16日
 【】

   人生、旅そのもの。よく人生に例えられるのが、旅でしょうか。 旅はみちづれ、世は情け、ともよく言う。
ニューヨークからヨーロッパへとまわる相棒は、富士晴美さんだ。五黄のかた。
どんな人かを言えば、ま、豪快にして繊細そのもので、しかも、純粋なかた。純粋だから、人を見る目は甘い一面もある。(富士さん、すみません甘いほうがいいかも)
あの、東大のリーサンちゃんを育て上げたママさんでもある。リーサンちゃんのことは、今回は説明を省こう。

これから、スペインに行くのだが、スタバで時を過ごし、レストランに移動しランチを
済ませる。さらにホテルにもどり、ロビーで車を待つ。

そんな時間の流れで、富士さんと一緒でも、すこしも、こちらが気を使うことがない。この人物の大きさ、おおらかさ、がそうなさしめているのか、私は、自分の事をやってもいいのだと、思わせるところがある。う~ん、これは、なんの祐気だろうか。

そう、言うまでもなく、二黒の祐気。逆に、二黒の剋気の人といると、落ち着かないこと、おびただしい。

自他共に、神経質にしない、させない、とは、二黒の祐気でなければならない。これは子育ての第一条件付であるはずである。緊張のなかに育つ子供は、緊張の種類にもよるが、どこか、歪み、どこか体調に異常があるようだ。
アレルギー性疾患しかり、大人でいえば、腰痛の大半の原因ともなる。素朴にストレスといってもよい。

私自身が、自己免疫疾患に悩み、膠原病の疑いで、5年の命だと、その分野の権威に言われて、ひたすら体質改善に邁進したあげく、体質を、細胞を左右するのは、意識であるという、当たり前のことに気付くのに、どれほどの時間とエネルギーと費用とが、掛かったことか!

実践哲学の気学は、そうしたことに、しっかりした答えを出してくれる。万物は気エネルギーでなり、気エネルギーは、深い意識、超越的意識に導く。それが、運命を左右し体質も左右する。ブルース・リプトン博士のような科学者が、やがて、どんどん輩出すれば、世界は、何もかも変わるだろう。

今、スペインのマドリッド行きのAAの機内で、続きを書いている。となりのドイツ青年にきくと、6 ,7時間のフライトだそうだ。富士さんは、反対側の白人アベックと並び、深々と、シートに埋もれているようだ。私も少し寝ます。
                                                           赤ワインに酩酊のむらっち


[ ニューヨーク~豊かさの原理とは ] 最終章

2014年6月14日
 【】



   13日の早朝6時、SH社長と平川団長とイケメン大祐さんの三人は、ホテルを出発。これから、スペイン、イタリーにまわる組は、夕方まで、ニューヨークにいる。

ニューヨークの午前3時前後は、日本からの連絡ラッシュアワーである。移転の連絡から、祐気採りの報告、原稿の催促、弟の忍からは、TVドラマのロケで京都に行くが、連絡して欲しいと言った方の連絡先を教えろから、ひさっち先生のように、ムラッチのニューヨークのblogに感じ入ったと言うLINEまで、様々。

連絡-通信は、ことしのテーマでもある。昨夜、SH社長いわく、[ 祐気採りの旅で、いろいろなメンゲンなどのエピソードをきくが、今回は何もないんだね ] ~無事が一番いいと思いつつ、帰国してからあるかも知れない、と思う。

しかし、私には、大きな収穫であった。内心、ボートで気学的セレモニーをやりたいと思っていたところ、SH氏が初めてのニューヨークにもかかわらず、サッとボートで、と提案してくれたこと。また思い出のマジソン街路を、存分に散策し、なお、思い出の場所を、同氏が、無意識のうちに案内、私にとって、意図的シンクロニシティを、引き起こしてくれたこと。この何気ない、ささやかに見えるこの出来事は、まさに、超越的意識の引き寄せの原理の現れにほかならない。

さらに気学的にいえば、展望する三碧の東の祐気の表れであるし、過去の出来事(エピソード)の再発見は、二黒と九紫の象意そのものである。

SH氏の無意識的アンテナのよさと、メンバーの屈託のない祐気的明るさに感動してやまない。
あらためて感謝します。有難うございました。黙っていたのは、皆さんの話題の雰囲気を乱すことを、避けたかつたからですが、大きな収穫に感動しています。

                                                                     感謝のニューヨークで、
                                                                                              むらっち


[ ニューヨーク~豊かさの原理 ] その 4

2014年6月13日
 【】

   セントラルパークでの気学的奉斎、昼食も済んだ五名は、SH社長に先頭にたってもらい、五番街に行くことになったと、前回は書いた。

五人とも、ご機嫌そのもの。平川団長と富士晴美さんの会話は、途切れることがない。あれほど話が続くとは! ほとほと感心させられ、だからこそ女性は長命なのだとも。

臨時案内人のSH社長の先導で、パークを抜けて大通りに
出た。皆さんには黙っていたが、ちょっとした思い出のマジソン街である。しかし、SH氏は、さっさと、そのマジソン街路を横切っていく。景色が変わる。サッと、辺りの気が変わってくる。晴れ晴れした心地よさ。だが、マジソン街路からは、遠さがるのみである。
あのロックフェラーセンターの広場で、行きたいと思っていた思い出のマジソン街のある一点を探し当てることを、じつは、この地が初めてのSH社長には内緒で密かに、期待したのである。氏の無意識に働きかけるという、こころみである。大切なセレモニーも無事にすみ、時間はたっぷりあるのだから、と。

いつだったか、枝美佳と二人で来たとき、マジソン街路の角の二階の、お洒落なカフェで、早朝、お茶をした。
そこにくる直前、二人とも、ある人との偶然の出会いに、ワクワクして語り合っていたお洒落なカフェを探し当てたいのだ。そして、迷いつつながら、思い出のそこに、なにもご存知ないSH氏が、ついに導いてくれた。が、皆さんになにも言わず、想い出に胸がつまりながら、そこの前をなに食わぬ顔で通りすぎ、一行と五番街にむかった。

何年か前のこと。枝美佳と二人でニューヨークに来たときのこと。
なぜ、そうなったのか、今でも不明だけど、早朝、全く人通りのない小綺麗なビルの間の歩道を、軽く腕を組んで歩いていたら、ふと、やはり腕を組んだ女性カップルに気付く。私達以外に、人影はない。
狭い歩道で、互いに、道を譲りながら、すれ違う瞬間、先方が、[ ハァーイ! ] と、とても暖かい声をかけてくれた。その短い声に、お元気? この出会いがうれしいわね! という意味すらこ込められているように思えてならなかった。
通り過ぎたあと、興奮して枝美佳が、大声をだした。
[ オノ ヨウコ! あのオノヨウコが、私に声をかけてくれたのよ! オノヨウコさんってスゴイわ、スゴイ人よね ]
と、飛び上がらんばかりの喜びようであった。今でも、思い出して彼女は、幸せ気分をまるで、牛のように反芻し、興奮するのである。実をいえば私だって同じ。
それは、ニューヨークの人影のない早朝、時間のとまった映像のヒトコマか、または一枚の絵画のように、思い出のアルバムとして、心のなかにある。

私達が、例えミーハーであれ、なんであれ、あのおおらかさ、受容性の高さ、人の心を拓くぬくもりは、紛れもなく、人生におけるあらゆる局面に愛の灯をともす力ではないか。 そして、それこそが、幸運を引き寄せる原理でもあるはずである。わかっていても反射的にできる人は少ない。

事実、オノ ヨウコ さんは、セントラルパーク沿いの最高級マンション-ダコダハウス最上階に住んでおられる。そこは、年収2億円以上であること。犯罪歴のないこと。しかも全住人(30世帯)の一人でも反対があれば、住めないという厳しい条件がつくという。お金があると言うだけでは、だめなのだ。

マジソン街路の一角で、早朝に、その貴重な体験を反芻した思い出の場所を、これまで一度も訪れたことは、なかった。時間の出来た今回、何にも知らされていないSH氏を先頭に、意図的な、シンクロニシティを願ってのこころみは、こうして叶ったのであった。私は、その事を、今、このblogで、はじめて公表している。五名のうち何人がこのblogを読まれるかは、わからないけれど。知らずに、楽しく、歩いて下さった方々に感謝します。

シンクロニシティの根底にあるのは、超越的意識である普遍意識の非局在性ゆえであるのは、間違いありません。そこを刺激すること、そこに近づくことで、我々は、無意識のうちに、目的達成に導かれていく。豊かさの意識は、共鳴作用で、豊かな金運を引き寄せる、それは原理であるからだと、言えるのだろう!
豊かさは、愛の現れでもあるのだ。

                                                       どんな存在にも愛の温もりをと、ヌクヌクのむらっち

[ ニューヨーク~豊かさの原理 ] その3

2014年6月12日
 【】

   気学的セレモニーの日、雨模様で、時折、小雨が降る。傘は、ささない。信頼しているのに、傘をさすのは、信頼した存在を裏切るからだが、皆さんにはその事に触れず、私は黙々と現地に向かう。朝10時に一行五名は、地下鉄に乗る。ここの地下鉄は馴染みのはずだが、迷惑をかけちゃいけないので、ラッシュアワーのホームで何回も、電車待ちの人達に行先の確認をとる。

目的のセントラルパークのボートに乗る。雨はやみ、晴れやかなお天気。さんざん祈り込んでおいた金気法や固定符の奉斎を、心地よく済ます。

それにしても、これらの効果があるのはなぜか。具体的な効果が、なければ、誰も実践しないだろう。

気学的セレモニーが、金運やら、事業繁栄、健康維持から、結婚、受験合格など、人の持つ欲求の諸々に、なぜ応えるのだろうか。

その原理は、量子物理学の言う、あらゆるものを生み出すエネルギーの [ 非局在性 ] によるものだろう。そして、それは、ブルース・リプトン博士の説く、人の [ 思考 ] に反応するということでしょう。
豊かなビリーフは、お金を引き寄せ、貧しい感情(振るまいや言葉や行動)は、貧しさを生むと言うこと。
ハーバード大学院生時代の社会学者、マーサー-ベックが体験した奇跡的な出来事は、奇跡ではなく、[ 自分の意識が、クリヤーになると、それらの出来事が、自分の想いで為されたことがわかる ] と、それまでの世界観がガラリと変わったことも、その証でしょう。

奉斎を終え、セントラルパークで昼食も済ませ、五番街に出ようとなる。そこで私が提案して、SH社長に先頭にたってもらい、彼にとっては、初めての街に一行は、くりだした。
そして、それは、それによって、起きた。

それは、これまで触れてきたことの原理の証明となるものであったのです。これから、そのエピソードをご紹介しょう。

                                                                  わくわくマジソン街のむらっち

星風アカデミー Facebookページ

運命を創る専門家/Dr.むらっちのモットー

運命カウンセラー。作家。心理学博士。健康科学博士。気学家。
略歴はプロフィールをお読みください。

気学などの意識の開発で、幸せを築く4つの豊かさを実現します。
1.自由な時間力
2.豊かな経済力
3.健やかな健康力
4.喜びの奉仕力

カレンダー

最近の記事

カテゴリ

アーカイブ

  • Dr.むらっちブログ
  • 体験者の声
  • カウンセリング/入会案内
  • 星風アカデミーとは?
  • 書籍・グッズ

ページトップへ戻る