イスタンブールから関西国際空港へ その2

いま、新幹線のなか。ホッとして書いています。
シェラトン・都ホテルでの2月1日のセミナーは今後の「分岐点となる」と、事前に、暗示もあり密かに直観していました。
その予想どうりになりましたが、実は、私自身の出席が危ぶまれていたのです。

それぞれご多忙で、ご事情あるなかで、ご自身のビジネスの利益を棚上げしてまで、また、打算抜きのご奉仕の方々など、本当に、ゆかりある人たちが、ご参加を頂きました。

1月26日の深夜、関空からパリへ。
。帰りは現地時間の1月30、31日にかけて、パリ経由イスタンブールの乗り継ぎで、「islisのテロリスト」による後藤健二さんが殺害されたころ、緊迫した時間を、その空港で、じりじりと待機させられていました。トルコのスタッフが、緊迫したやりとりを無線でやっている。しかし、言葉がわからない。

私のそばにいた中東の青年が、首を振りながら「お気の毒です。日本人の人質、絶望的です。落ち着くまで、危険なので、飛行機は飛ばないようです」と、教えてくれた。

彼は、私が落とした読み差しの本を、軽やかな身ごなしで拾ってくれながら、そう、英語で、ささやいてくれました。

そのトルコ航空は大幅に遅れながらも関空に帰着してくれました。
「あしたの新春セミナーに出れる」と、無性に感謝の念が湧いてきて、有り難いとつぶやいていました❗

流血と憎悪とエゴの渦巻くこの星に、日本人の果たす役割を、示すためのメッセージが、次の日の「新春セミナー&懇親会」のあとの
   フィナーレで、いきなり 降ろされたのです。ビックリ!
その言葉に、涙が吹き出し、言葉に詰まってしまいました。   戦争によって、この地上において幾多の命が失われてきただろうことか!そうした犠牲のうえに今日のわれわれがあるのだろう、と自覚を促してきたのです。

一昨日のセミナーは、魂の波動が、ひとつになった瞬間でした。

青龍神と予期せぬ女神に驚いた むらっち


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