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「住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち」

2014年11月15日
 【】

   

   このタイトルは、川口マーン恵美さんという在欧30年の日本女性が書いた本のタイトルです。講談社の新書版で、「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち」の第二弾の本。27万部を突破するベストセラーのようです。

昨日、千歳空港へ降り立ち、はや、札幌は雪か、なんて灰色の空を眺めた。早や、というのは、書きたい本が山ほどありながら、一冊も書いてなく、日々に流されている我が思いの焦りが、つい口に出たのだ。

時間がないと言うべきではないが、つい目にとまる本に手が出る。

EUは必ず崩壊するという著者。うちのカミさんも同じことを言っていたなぁ。
特に、彼女は、フランスはおかしいという。
パリはアメリカのしゅとなん? と私に聞くし、私は私で、スペインかイタリーだったけというほど、アホな二人だ。ですが、勘だけは、カミさんが上手と思う。このあいだ、関西のもと令嬢、いま、セレブの奥さま三人のお供で、パリに行った時も、ショックをうけた。セーヌ川のど真ん中に掛かる橋の下に、流れに沿って走るロマンチックなムロームナードに、ホームレスの青テントがあったからです。二、三年前だか枝美佳カミさまと、年末近くパリに行ったとき、タクシーでシャゼリーゼを走ったが、そのときのイルミネーションをみた枝美佳が、ポツンといわく、「ドンドンさびれるんと違うの、ここの国は」と言っていた言葉を思い出す。

アメリカと中国のトップ同士が地球を、とりわけ、太平洋を、二人で、半分っこして、管理しませんか、なんて話し合っているようでオバマ大統領は、中国の提案にタジタジーなんてわたしの妄想は広がる。

世界の文明は、極東に移動している。
小笠原のあの新しい島は、最初から、大学の専門家たちと違って、もっともっと大きくなると、わたしは、主張し、書いてきましたが、いまや、何倍も大きくなっています。
当然かもせれません。なぜなら、ムー大陸の再浮上のシンポルだからー。
また、また、わたしの妄想が始まったのでしょうか。川口マーン恵美さんは、世界一の楽園は日本だった、と言います。

11月初めの空をながめると、灰色の空から粉雪が、舞ってきています。

                                                      心地よい妄想のむらっち
             

「鳴門大橋と村上海賊の娘」

2014年11月6日
 【】

  

   明石大橋を渡るてまえで、小休止。さおりさんが、車を停めてくれる。瀬戸内海を、じっくり眺めるのは、何十年ぶりだろうか?
ふと、ベストセラーの「村上海賊の娘」の娘・景(きょう)の姿が頭をよぎる。
あの根拠地は、愛媛松山あたりの海だったかなぁ。いつだったか、上下900ページの作品をこの忙しいなか、一気に読んだ。いや、読まされた。作家の筆力によるのだろう。
映画化されるらしいが、されても見ないだろう。頭にあるお景(きょう)のイメージがこわれるからだ。

薄霞の瀬戸内海をまばゆく眺めながら、そう思う。
明石大橋が白くその肢体を、妖しく海にのばしている。幻想的なほど美しい。
そのなかで、この海を血に染めて、縦横無尽に活躍したお景。それは、死と生の極限の濃艶なエロスそのものではないのか。天才三島由紀夫なら、そう表現しそうな気がする。

やがて鳴門大橋だ。むかし、ロケにきたとき
「岩屋」で、イイダコを食べた。それ以来、イイダコの虜になったと思う。

さおりさんが、鳴門の渦を見せようと、橋の路肩に車を寄せてくれる。が、渦潮は橋の下らしく、よくは見えない。やはり、むかし、船でしっかり見たことは、ある。
なぜか、かってな連想で、福島磐梯山のちかくの「五色沼湖」が重なってくる。やはり美しい色と静寂さとともに、スビリチュアルな気が満ちていた。一人旅で、その淵に、小一時間もたたずんでいたことがある。
五色沼が陰なら、ここは陽だ。

そもそも、四国自体がどこか、濃厚なスビリチュアルな雰囲気があったエリアではないかと思う。過去形で言うのは、ここ十年以上来ていないからです。

鳴門の渦潮の一部をみながら、小田原のかまぼこが浮かぶ。鳴門巻き。確か江戸時代の五色巻きの赤色だけが、独立して残ったとか、聞いたことがある。

11月5日の徳島市への出張鑑定は、以前から計画していたのではない。中野幸子さんのご要望は、9月頃にあって、邸宅の家相やもろもろのことで、徳島市へぜひ、となっていてスケジュールをどうするか、悩んでいた。ところが、5日のみ様々な予定が変更になり空きができたので、いきなり、この日になったのです。そのとき、これも、また、たまたま時間の空いた谷所さんが、車を出してくださつたのです。そして、この日、中野雅志氏とお会いしたところ、なんと、この徳島市・名門旧家のご当主のお誕生日でもあったのです。

名門旧家のエレベーターのある邸宅は、六白の象意、広い敷地と旧家は二黒であり、ご当主の雅志氏は、九紫。その先天は、六白。そしてこの日は、年盤二黒、月盤六白、日盤六白。これらが私からみて、南西にまわっていました。様々なシンクロにシティ。

四緑の谷所さんには、小休止のおり、本人には、内緒で剋気の中和をお礼がわりにさせていただいたけれど。

それにしても、人の知恵を超えた自然の法則に、自然と感謝したくなってしまいます。それも自然なことでしょうね。

                                                                    小さな旅の大きな恵みに感謝のむらっち
 

「初めて明石大橋を渡る」

2014年11月5日
 【】



   徳島市へ出張鑑定。いや、お宝拝見じゃありません。家相鑑定で行くのですが、羽田空港からではなく、京都からで、たまたま、それを聞いた谷所さおりさんが、その日空いているので、車を出してくれる、と侠気(おとこぎ?!)を出してくれて、お言葉に甘えることにしたのだ。

ボーッとしている自分を知っているので、谷所さんとの待ち合わせ場所、新大阪駅の南口に一時間前に来て、待ち合わせ場所を確認して、スタバに入る。

なんか知らないが、無性にワクワクしてくるのですよ。根っからの浮遊者なのか、どこか移動となると、ましてあまり知らないところであればあるほど、ワクワクする❗
まして、噂に聞いている(私だけかも。みんなには、当たり前の橋だろうが)  明石大橋を車で、渡るんだと、思うと、スタバのコーヒーもうまいじゃないか。ひとり、嬉しがっているのです。たぶん脳科学でいう、クリスタライズド・インテリジェントが、こう言うとき、活性化しているはずである。
と、意義付けしているもう一人の自分もいるんだなぁ。
また、あとで、大橋を渡ってから、書きますので、宜しくお願いいたします。
                                                                                        わくわくのむらっち    

「工事と居眠り運転」

2014年10月28日
 【】

ここは、日立市のとあるホテル。日立市といえば、世界に誇る重厚長大と言われる日立製作所の

本拠地。しかし、全国の観光では人気の最下位の47位、しかも連続2年の最下位だと、茨城の

観光課の人が、テレビの取材に応えている。


天下の副将軍水戸黄門サマの威力は、観光には無力なんだ。そこで、茨城県は6億円の予算でP

Rに努めた。たとえば、タレントを使い、水戸の納豆を、ニューヨークのど真ん中で、試食をし

てもらうが、若いニューヨーカーたちの全てが、鼻をつまんで、大笑い。スエーデンのニシンのシュールストレミングを先に試食させると、納豆などは、いかに心地よい匂いかを、悟っただろ

うに(笑)


それは、ともあれ、ここへ来る途中の高速道路でのこと。前を走っていた黒塗りのセダンが、い

きなり追い抜き車線のガードレールへぐーっと接近、わっ、激突っ、横転かっと、一瞬体が固ま

る。と、車体が傾き、ふっと元の車線に戻る。あわや大事故も間一髪で避けられた。ガードレー

ルの下の盛り上がった狭い土手の土煙をあげただけで済んだようだ。ハンドルを握る枝美佳を見

ると、眉一つ動かさず、ぽつんと言う。「アホなやつ。恥ずかしいのか、逃げるように、スピー

ド上げていきよる」


しばらく走ると、走行車線で道路の工事中であった。黒塗りのセダンの姿はない。リスクは、い

やでも緊張する。緊張は弛んだ眠気を吹き飛ばす。人生も同じよね。あのドライバーも、私らも、

そんな素朴なことを、再確認だ。脱兎の如く飛ばして行った彼に、感謝します。有難う。


そう、そう。工事と言えば、このホームページも一部工事、改装している最中です。どうぞ、よ

ろしくお願いします。少しずつ、よくしていきますので。

               あのドライバーに感謝のむらっち。

「グレース妃と美少女の幻想」

2014年10月24日
 【】

    南国は、もの皆美しくする、なんて聞いたことはない。けれど、グァムのロッテホテルの広いロビーのテーブルに向かい、海を見ながら仕事をしていると、そんな気になってくるのだ。
血塗られた歴史を知らぬわけでもない。今月のはじめ、パリのコンコルド広場の見える木立のなかの椅子に座っているときも、うしろめたさを感じながら、幸せのひとときをすごしたばかり。
そして、今、南の島にいる。人影がして、ふと、顔をあげると、なんと、グレース・ケリーを小柄にしたような美少女が、「コーヒーをお代わりしますか」と聞く。午前中いた白人の美青年と交代したらしい。どぎまぎした私は、反射的に「いらない」と言ってしまった。
しばらくして、後を追って「コーヒーをください。やっぱり飲みたいです」少女は、はにかむように、クスリとわらって、「お席にお持ちします」
わたしは、ボーッとしながら、9月にJALの機内で見た「グレス・オブ・モナコ公妃の切り札」という伝記ドラマを思い出していた。
今年度のカンヌ映画祭のオープニング作品である。26才の若さで引退したオスカー女優グレース・ケリーとモナコ君主レーニエ大公との結婚は、20世紀のおとぎ話として語りつがれている。
しかし、モナコ王国を、フランスのときの大統領ド・ゴールの野心から救ったというグレース・ケリーの愛の英雄的行為は、知られざる歴史の一ページであったことが、このドラマでわかる。公妃は単に美しいだけではなかった。フランス領にされかねない母国の危機を救ったのは、テロリズムではなかったのです。愛の無限の優しさからくる知恵と本当の勇気でした。

南は、九紫。美は九紫。知恵は九紫。勇気は九紫の先天の六白。映画は九紫。愛は、一白と七赤の究極に六白性の純度が加わった慈悲で、普遍性の愛でしょう。精神性(スピリット)の高みも九紫でした。

ニコール・キッドマンは、グレース・ケリーにもともと似ているので、役としてピッタリです。それにしても、あの題名、もう少し、グレースであってほしかったなあ(笑)。
ケリーバッグは、いまでも人気なんだろうか

                                                                                   幻想に耽るむらっち

             

「至福とイラッチ」

2014年10月23日
 【】

   そうなんです。矛盾するテーマは、傑作「闇と光」の真逆のテーマで抉る芥川賞作家の開高健の影響かな。いや、違う。本来の自分の性(さが)です。天才開高健にあやかろうなんて、図々しい❗

グァムに来て二日目、10月23日夕方である。いつものロッテホテルグァムのグラブラウンジで、ポツンと赤ワインのグラスを傾けていると、大ガラスごしに広がるタモン湾、霧雨が降っている。
手前には、ブルーの色のプールと人の気配のないデッキチェアーと、そのそばの南洋の植物の緑の葉が重なりあいながら、雨に濡れて、微かにゆれているのが目に映る。
ああ、し・あ・わ・せ
〜ふと、声に出して言いそうになる。この風景に癒される自分。単純なんです。瞑想の深さと同じ、至福そのものが胸の奥に広がる。
ホントは、この至福感はまだニセモノよ。
なぜなら、今月は、象意のとうり、私の本命からして、「イライラする。腹が立つような人に出会う。図々しい注文に切れやすくなる。ケンカを売られるような理不尽な対応に立腹する」などなど。キレないように、手帳の今月の欄には、ひたすら忍耐と書いてあったな。
至福にありながら、ニセモノといったのは、今が絶対的至福ではなく、相対的至福だからです。絶対的至福なら、現実界の理不尽に傷つくことはないからです。傷つくのは、つまり腹が立つのは、普遍意識の深さには達していないからである。
でも、いいじゃないか。この静かで、日常から離れた自然と一体化出来るゴージャスな雰囲気は、アウトドア派でもなく、インドア派でもない、浮遊派(?)の私には、たとえ、つかの間であれ至福をもたらせてくれるのだから。
それにしても、実践哲学・気学は、知れば知るほど、人生の深奥を教えてくれるようだ。

                                                                                         霧雨の海が好きのむらっち
             

「北海高校と松岡修造に感涙」

2014年10月18日
 【】

   初めに断っておきますが、熱血漢のテニスのプロ松岡修造さんと、札幌の名門校で129年の歴史を誇る北海高校と直接関係はありません。

じつは、この北海高校の「第36回教育の集い」で、同校のPTA研修部主催に招かれ「子供の能力を伸ばす」講演を終えたばかりである。

「プロスペクティブ・メモリー」の活用が、能力を伸ばすというテーマで話してきましたが、正しく理解されただろうか。
観念的にうけとめられたのではないかと、少し危惧しながら帰り、札幌の事務所のテレビをひねった。
画面は松岡修造氏の「炎のテニス合宿」という内容。5人の小学生を特訓するという二時間番組であった。
テニスを通じて自分を変えたいという子どもたちに対する、激しい特訓である。

久し振りに感動の涙が、あふれでた。先ほど、自分が講演した内容の実践編でもあったからだが、松岡修造に向き合う小学生たちの心情に対する松岡修造の激しい特訓の奥にある愛情の本気さが、見るものの心をうつ。

もうひとつ絶対に見逃せないのは、子どもの可能性を徹底して引き出し、子ども自身にそれを自覚させる工夫とその思いやりが、厳しさの奥から溢れ出ていることだろう。皮相な見方をする者には(あり得ないと思うが)単なるスバルタ式特訓だと受け止めてしまいかねない。
 
感動の涙、涙。松岡修造氏は天性の教育者ではないか。よく計算された番組で、現代に失われがちな大切なものが、ひしひしと迫ってくる。「こうありたいという明日の自分が描かれるなら」それこそが、プロスペクティブ・メモリーであり、それによって、どんな苦難も乗り越えられる。激しさは、愛の裏打ちがあって、初めて克服出来る課題と変質するに過ぎない。

伝統ある北海高校の雰囲気も「熱い絆」であった。山崎省一校長、梶谷大志PTA会長、星さん、鶴谷さん、木内さん、そして、長谷川先生、渡邊恵美さんたちに御世話になりました。北海高校の話しとテレビの内容がかさなり、そのシンクロニシティに、また、オキシトシンがどっと分泌しています。一切に感謝しています。

                                                                                    オキシトシンまみれのむらっち

             

「カフェ文化のパリ」

2014年10月14日
 【】

    

   パリに来れば、必ず行くカフェがいくつかある。
当然ながら(?) 左岸のサンジェルマン・デュプレ、カルチェラタンにあるカフェで、二軒は行きたい。

だけど、11回救急で病院にいき、緊急手当てをした、胆石症は、手術拒否で、東大病院の主治医らに、多大なご迷惑をかけ、ついに「どうなっても、自己責任ですからね。ふつうは、一回の激痛で即手術ですよ」といわれてしまって、首をすくめるしかなかったのですが。胆石がダイヤモンドに変わるまでと負け惜しみ言いつつ、爆弾を抱えたままで、生活している。

元気になると、懲りないもので、ムクムクといつもの喫茶店に行かねばと、思う。
慎重に道順を考える。
無理せず、第10区の北駅前の下町のこのホテルから、セーヌを横切り、左岸に渡るのだが、1時間半はかかるかな。
シテ島の鼻先を横切る橋は「ポン ヌフ」直訳すれば、新橋だ。
パレ ロワイヤルに行き、ルーブル美術館の横を通って、この大好きなポンヌフを渡る。橋にも好き嫌いがあるのは、自分でも不思議だけど。

ナポレオンの帽子を飾った1686年創立のカフェに、なんと真っ直ぐたどり着く。

むかし、ここで、時の革命家や文化人たちが
よく集ったカフェ。どんな密談をかわし、どんな文化論を戦わせたのか。二階には、その文化人や革命家や芸術家たちの手紙や資料があったが、いまは、高級な家具とデザインによるrestaurantとサロン風のバーティ用に改造されている。

タキシードに身を固めたギャルソンがキビキビ動く。
「予約はありません」と、入口で言う。
「ムッシューお一人ですか?」と聞かれて、ムッシューらしい装いで来れば、良かったと軽く後悔、「ウイ、ウイ。一人です」
丁寧に「シルブブレ」というままに、テーブルに着きほっとする。

オイスター、野菜、ギャルソンに好みをつげて、グラスの赤ワインを頼む。トリフュが付く特別のsaladは、ギャルソンのお奨めで、大満足❗酒は控えたいと、思っていたが、こんな美味なら、控える方が、体に悪いだろうと細胞にきくと、ンダンダというので、ワインをお代わりする。
午後2時30分。

さて、つぎは、20世紀の知性の代表のひとり、実存主義のサルトル、当然ながら、ボォーボワールのいつもいたカフェに、ご挨拶しなければならない。このカフェから、近い。

10分前後で、おめあてのカフェ。しかし、とても入れない。お客で、ごった返しているではないか。硝子ごしに見える中にも、オープンにも。枝美佳と来たときも、となりの客と体が触れあいそうな混み具合であった。

カフェで、仕事をするのは、斎藤孝教授が、喫茶店の活用の本を出される前から、習慣になっていたのですがしかし、これでは、とても入る気がしない。
近くの寺院の裏庭にある、詩人のアポりネールの胸像にご挨拶をしに行った。
結局、往復やく5時間の道のり、帰りがけは
疲れて、MACに入って400字詰め10枚の原稿を仕上げる。
                                                                    カフェ中毒のむらっち


「パリで」

2014年10月13日
 【】

    

      小雨降る マロニエの道  パリの空
      足軽やかに弾むこころよ。

      暮れなずむ  セーヌの川に  街灯の
      揺れて映りし 胸のときめき。


                                                惜春鳥のむらっち   

パリの迷い子

2014年10月11日
 【】

   

  1972年に、初めてヨーロッパ、パリに来て以来、もう、二十数回前後は、訪れているはずなのに、いまだに、迷子だ。本来、整然として
凱旋門から伸びる放射線状の道を覚えたら、簡単なのに、とぼしい脳ミソを、そうゆうのに使いたくないという、ドケチナ根性がワザワイして、また、そのときの、成りゆき任せの旅(人生?!)のクセが、大いに影響して、いつも、いつも迷子になる。

いや、正確には、一人のときは、迷子にはならない。なぜなら、迷子とは、目的地があって、そこにたどり着けないときをいうのだ。ひとりのときは、行き当たりバッタリゆえ、行く先々が、目的地みたいなものだから、断固、迷子じゃあるまい。

だが、今回、富士晴美さんに、山川庸子さん、北尾りえさんという
女傑、深窓の令夫人、京の女将という、お一人がこの3要素を、兼ね備えた個性豊かなご婦人のお供とあれば、ゆめゆめ迷子になぞ、なってはならぬのだ。
ところがです。みごとに、迷子になったのです。申し訳なく、シャンゼリーゼ大道りを、往復していただき、流石にコンコルド広場の見える木立のしたのベンチに、4人がすわる。
おみ足は、休息しても、四人の、口は、流石に疲れ知らず。談論風発、その笑い声は、コンコルド広場まで届く。

オペラ座にもどり、東京・池袋の歯科医院にいた枝美佳と連絡、このヤマノカミさまの、遠隔操作に、従う。

電話の指令のままに従っていると、彼女の好きな「クスミ・テイー」の前を過ぎて、目印のスーパーマーケットもとうり、自然に、目的地に着く。5、6回は来ているのに、ホッとしたわたしは、もうなにも言う気がしなかった。
それにしても、グローバル社会は、通信網と交通網の土台の上になるのか。

反省、何事も計画性をもて。事前に調べろ。グループ行動と、個人の行動は違う。脳ミソをけちるな。う~ん、どれも、実行不能だな。
三碧の剋気、一白の剋気、それにしても、4、5万歩は歩き倒したかもしれぬ。

その夜、深夜、激しい腹痛に襲われる。しまった、おさまっていた
胆石症の発作だ、と本当に反省する。過労、ストレス、過食ーー気
をつけていたが、油断したと、エビのように体をまげて発作の収まるのを祈る。手術はしたくない。今月は、病気、及び再発に注意と、アカデミー誌に書いたと言うのに。

我輩のワガママに、天罰がくだされたか、いや、警告でしょうね。
                                                                       警告に神妙な むらっち




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運命を創る専門家/Dr.むらっちのモットー

運命カウンセラー。作家。心理学博士。健康科学博士。気学家。
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気学などの意識の開発で、幸せを築く4つの豊かさを実現します。
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