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「午前4時の立読み~長いツアーの締めくくり」

2014年7月10日
 【】

   FlFAワールドカップ準優勝Liveは、ドイツ5でブラジル0の前半戦の真っ最中。
あさ、4時ちょっと過ぎである。早く目覚め、TVのスイッチを入れたのだ。あまり、興味ない。朝風呂に入るため、お湯のスイッチをいれ、立ったまま、近くのテーブルにあった本を、何気なく開いた。すると、グイグイ内容に引き込まれていく。ここは、東京・西日暮里の自宅である。

6月に、ニューヨークへ出発、さらに欧州にまわり帰国後、オーストラリアへ、帰国してすぐに札幌である。日程を終えて、千歳空港から伊丹空港へとび、大阪・京都のセミナーを終える。
そして一昨日、東京に戻って、ようやく一連のツアーは、終了したのでした。ホッとしてあさ4時、お風呂のタブに湯が張られるまで気ままに、立読みをはじめたところ、内容に引き込まれていく。

あれは、シドニーのホテルの朝の4時ごろでしたよね、あれ?あのときも、4時ちょっと過ぎだったのではないか! アドレナリンが、ドット吹き出る体験をした時刻はー!

シンクロ二シティである。帰国間際、パスポートを見失い、つづけて、大金やカードの入ったポーチをなくして
   ひとりで、大騒ぎ。そのあと、別のメンバーのバッグから水が漏れているのを 、誰かが見つけ大事にいたらなかった。これ等はすでに前にのべた通りです。こうした事柄の象意はなにか? と前のブログで問い掛けたわけです。

まず第一に、グループの祐気ツアーの場合の特長は、シナジー効果が、非常に高いと言うことがひとつある。メンバーの意識の相互作用が 根底にあり、それらが、祐気を何倍にも高め、瞑眩現象を強める。
ハーバード大学での研究データがあります。従業員の意識のあり方が、会社の売上を45%前後も  伸ばしたり、下落させたりするという研究でしたが、それは、気学にもあてはまります。
祐気ツアーのシナジー効果が、それをしめします。
そのシナジー効果を高めることに、大きな役割をはたしている側面にあるのが、いわゆるシンクロニシティなのです。じつは、それらの意識やシンクロニシティについて、実例とともに、科学的論拠とにふれているのが、何気なく手にして、立読みをしている本に展開されていたのです。
blogに、続きをそろそろ書こうかな、と思っていた午前4時ちょっと過ぎのこの立読みが、これまた、シンクロニシティを引き起こしていたわけです!

なぜ、何気なく手にした本に、こんな内容が書いてあったのか。なぜ午前4時なのか。そもそも、なぜ、この本が入浴前の身近にあったのか。なぜ、ほかの本でなかったのか。なぜ、手にしたのか。いくらでも、なぜと、疑問を呈することはできる。
逆に、なぜ、それは、必然なのかとも言えます。
そうしたことにたいして、手にしたこの本には、解答があり、思わず、バスルームに行く前に立読みをするはめになったのです。では、本を参考にしながらみていきましようか。

   立読みの むらっち

「肝(キモ)を冷したツアーの最後」

2014年7月3日
 【】

    「そんなことを、ブログで書いたらアカン! アカン!村田は、自分の失敗を、他人のせいにしよる、と言われるのがオチよ!」
と、枝美佳が強烈に、反対する。ブログ掲載を反対されたのは、初めてだ。シドニーから成田空港に着き、仲間に挨拶もせず、札幌にいくため、枝美佳の車に乗り、ホッとしたとき、「午前4時すぎのホテル出るときの体験ってなに?
 短いblogに書いてあったけど」と言うので、それを語ったところ猛烈に反対されたのです。

7月1日 午前4時、シドニーのいつものホテルのロビーに降りた。誰もいない。眠そうに出てきた男性スタッフにチェックアウトを済ませる。やがて、バングラデシュの男性の7、8名の一団が来る。取り囲まれるように、ソファーにすわる。
(この一団、うちらより、早い出発だな)と、思いつつ、こちらのメンバーの顔を一人一人思い浮かべ、三回づつ、感謝をのべる。部屋を出るときも、そうしたが、ロビーでも、私だけの儀式(?)を行う。終えて、念のためにパスポートの点検をした。
パニックは、そのときから、起きた。ないのだ! そんなはずはない! バッグのなかをすべて出した。ない!
ソファーから立ち上がり、ロビーの隅にスーツケースを運び、スーツケースに入れるはずはないが、と思いつつ、開ける。引っ掻き回すごとく、探す。ない!
もう一度、手提げバッグを探す。ない!ない!
 そのとき、もっと青ざめることにきづいた。チェックアウトする時まであった数ヶ月分の活動費の現金とキャッシュカードカード類一切が入ったポーチがない! さっきまであったのに! そんなばかな!
 めまいがする。お金も大変だが、それより、パスポートだ。一人残るのはいいが、みんなに心配、迷惑をかけ、日本でのびっしり詰まったスケジュールをどうするか!
そこへ、堀内政雄さんが現れた、事情をはなし、開け放ったままのスーツケースを見ててもらう。久先生が降りてきた。話して同じくスーツケースをチェックしてもらう。お金より、パスポートだと、カウンターに行き、返した鍵を、再発行させる。運悪く、客となにかもめているスタッフに怒鳴った。「時間がないんだ、パスポートを探す、部屋のキーをくれ!」

部屋に行く。明かりをつける。あった!
ロビーに戻るエレベーターのなかで、キャッシュの入ったポーチは、あのバングラデシュのグループにやられたか。ま、いいや。いい思いしてくれ。

ロビーに戻ると、バングラデシュの乗ったマイクロバスが、出ていくところだった。最後に、彼らと並んで座っていたソファーに行き何気なく、少しソファーをずらせた。 あった! あのポーチがあった〓

皆が、ロビーに揃っているが、久団長は、ガイドが遅いことを、代わりにわびている、。

そのとき、ある方のバッグから、水が漏れているのを誰かが発見、その場を離れている持ち主に、いそぎ、連絡して、事なきを得たのでした。
差し出がましく、ロビーで自分の強烈なアドレナリン
分泌のこの出来事とともに、三分間の象意の説明を行ったのです。

   帰国して、枝美佳に反対されたのは、そのことでした。
  全員の集合意識の作用やシナジー効果について、理解がなければ、バカにされるからと、言う心配なのです。

 しかし、このツアー期間に、1000万円の融資がおりたり、100万円前後の、思いがけない利益を得たりと、それらのドキっとする出きごとと、リンクして、あっと驚く素晴らしい出来事も、起きていて、それらは、シドニーや、各国でのセミナーで、強く訴えた意識の普遍性、非局在性の超越的意識のはたらきを意味しているのです。
  つまり、マイナスもプラスも、それぞれと無関係ではないことを、言いたいのです。世界で起きている紛争も、気候の変動も、自分自身に関係していると言うことなのですがー。
その解説も、次のブログで簡単にしたいと思います。

札幌のスタバで むらっち

[シドニー出発前]

2014年7月1日
 【】



   6月のすべての日程が、おわろうとしている。
朝の6時50分。キングスフォード空港のカンタス航空のラウンジ。大きな嵌め込みの窓から、東の空に赤みがましてきているのが、目の高さの遠くにみえる。
久伸輔団長、永井多代子副団長と合計16名は、やがてJAL772便に搭乗する。お一人お一人に、感謝します。
ホテル出発間際、命の縮まる思いの私の体験は、あとで発表します。
無事の帰国に、深く、感謝します!

                                                  朝日をながめつつ、むらっち








[ オーストラリアの砂嵐 ]

2014年6月30日
 【】

   関西と関東からご参加の祐気研修ツアーは、16名。
シドニーからほぽ200キロ離れたポートスティーブンスの32キロの砂丘へ、現地のガイドであり、星風会のメンバーのミィディ中島社長のバスで、朝7時半にホテルを出発。途中、かやの祐気姫をピックアップし、2時間半のドライブであった。

風の強い日だ。昨夜は、ホテルで、セミナーをひらく。冒頭に古西社長の体験スピーチによって、実践哲学の効果と今回の象意の一部とをあかして、[ 八白の止まる意味をしらず、よくきましたね] と笑いを取っていた。その後2時間ほど私が語る。[意識と気学と科学の関連 ] を語る予定が、大幅にずれてしまった。
さて、気学的セレモニーの現地についたときは、強いかぜが、大洋の白波を巻き上げながら、砂丘に、吹き付ける。

まともに、眼や口を開けておれない。風上に背中を向けてしのぐしかないが、なぜか、これもまた不思議なことに、どこか、ワクワクする。わたしは、薄いストールを、顔全体にまきつける。その薄絹をとうして、世界が美しく見える。
全員が、砂嵐と戦いながら、生き生きと動いていた。それを詠(よ)む。

砂と風  巻き上げ襲う 丘の上
     願いよ 届け  三界に立つ

有難う  狂うがごとき  砂嵐
   襲い来たりて  奮い起つ我

叩き込む  木槌の重み  我が想い   潮風吹きて 迷いを断ちぬ


砂嵐に奮い起つ むらっち

[ 死の瞬間と〈海賊の娘〉] その2

2014年6月27日
 【】

   

  本屋大賞の著者や作品の傾向を知っていたわけでは、全くない。激しい日程の合間に、少し、息抜きをしたかったからにすぎない。にもかかわらず、前述したように、圧倒的筆力に屈服してしまい、窮屈な日程を、さらに、タイトなものにしてしまった。小説世界に、すっかり引きずり込まれてしまったのだ。自業自得である。それでいて、虚構の世界の醍醐味に、すっかり陶酔している。
そればかりか、あの著名な立花隆氏の[ 証言-臨死体験] のなかに、取り上げられたひとりの木内鶴彦氏(コメットハンターとして公認されているかたでもある) の、臨死体験の説明を、ふっと思い出していた。

瞑想は、死の練習であると、ずいぶん前に、何かに書いたことがあるが、反応は思わしくなかった。体外離脱を何回か繰返し、意識体として、宇宙を巡った経験は、臨死体験者のそれが、わかる気がするのです。

今回、エンタメの小説として読んだはずが、ぐいぐい虚構の世界に引き込まれて、生死のやり取りの修羅場で、普通に言うなら、死の追体験とも言うべき、死の恍惚感を得たのです。普通でない言い方をすれば、深い瞑想状態の究極の意識状態の、超越的な体験を味わった気がしたのです。それは、体験者なら、わかるように、意識が拡大し、肉体から離れた澄みきった状態とも言えます。そこには、恐怖も、傷みも、不安もない、意識の広がりの恍惚のみの存在の世界としか言いようがないフィールドがあるだけです。

激しい活動のあとの、ふとした休息の一瞬、その隙間から、人は、誰でもそのフィードルに入りこむのでは、ないでしょうか。

いま、オーストラリアに出発すべく、JALのラウンジで寛いで、これを書いています。
小説の描く虚構空間に入り込む、もうひとつの功徳を、いま、痛感しています。著者に感謝します!

                                                                    心の自由さに感動 のむらっち


[死の瞬間と〈海賊の娘〉]

2014年6月27日
 【】

   東回りの世界一周から、帰国するや否や、成田空港から、池袋のインプラントの歯医者へ。ついでに、そのロビーで、仕事の打合せをし、ようやく家に戻る。車をおりて、行き付けの小料理屋で待っていてくださる、関西の方々の事業家、病院の副理事長などに10分ほどの遅刻で、御挨拶できた。

その歓談会食を終えて、枝美佳の運転で、那須の山荘へ、夜道を走った。ようやく、予定をすべて果たしたのだ。

那須に着いたときは、流石に睡魔におそわれて、ベストセラーの和田竜[海賊の娘] 上下二巻を手にしたまま、蒲団のうえに倒れ込んでいた。
目覚めると朝、かけ蒲団が掛けられ、小さく開いた窓から、那須高原の爽やかな空気がさやさやと、心地よく流れ込んでくる。ウ~ンと身体を伸ばすと、緑色に染まったかのような朝の空気が、肺を一杯に膨らませてくれる。

この那須で、二泊して仕事をすませると、東京に戻り、打合せ後に、200キロ離れた北東のある町に、枝美佳の運転で向かった。その助手席で、買ったばかりの[海賊の娘]を読み始める。時代物エンタメ
の大作か、気分転換には、これにしよう、と決めておいたのだ。劇画のようなものだと思いつつ、ページをめくっているうちに圧倒的な筆力につかまってしまった。
サービスエリアで、コーヒーをのみながら、枝美佳が、
[ 同時に20冊も30冊も平行して読んで、中身なんかわからないんじゃないの?  いったい、今度は、それなんなの?
おもろいの? どんなん書いているんや。ちょっと、中身言うてみてよ。コーヒー飲むの? 本読むの?  どっちかにしいや!]
段々、追求が厳しく、声音もヤバくなってくる。
[内容やテーマや分野が、それぞれ全く違うから、混乱しないよ。小説でも、純文学からエンタメまでいろいろあるからね。たまに、180度違うものが、気分転換にもなるから]
[そやな、料理も、毎日、同じメニューやったら、飽きるもんね] と直ぐ機嫌はなおる。

快適に運転してくれる助手席で、ノンビリ読書するのは極楽そのものだ。が、時おり、
[運転、かわろか?] と、この世で、最も恐ろしい提案がなされさえなければ、幸せなのだが、この台詞で、極楽から、奈落へおちるのである。

東北の静かな町のホテルで、仕事をする前に、この大作にすっかり引き込まれてしまった。食事もトイレも、本が手放せない。読むんじゃなかった、と、妙な後悔をする。
[ 食事前に、散歩でも行ってきたら?  そんなに眼を使うと、目悪うするよ!] 女神はいちいち、うるさくなる。

部厚い本を手に、うまいなぁ、と、時おり、偉そうにその筆さばきに感嘆する自分に気づく。作家が聞いたらそれこそ、私の首と胴は水平に一刀両断にされているところだろうな、と首をすくめる。

この大作のなかで、じつは、わたしは、久方ぶりに、死の直前の恍惚感を、味わった気がしたのです。死の直前と言うよりも、生から死へ移行しつつある、めくるめく浮揚の歓喜に似た世界をあじわっていたのではなかったのか。文字から、意識ははなれ、しかし、眼は、文字を追っていながら、霞みつつ、それでいながら濃密な意識の無限の広がりのなかに、心地よく、浮揚しているのです。それは、臨死体験者たちの書く様子ににてもいるようです。しかし、わたしは、何回も体験したあの幽体離脱(体外離脱)のあの感覚を再体験していたのではないだろうか。そう、思えてなりません。その事に、もうすこし、触れてみます。

                                                                       恍惚感を思い出すむらっち

[帰国の空で]

2014年6月20日
 【】

   東回りの世界一周の旅は、帰国の道につく。気学的課題、意識のテーマに、自分なりの収穫があったと、思うが、追々発表しようと計画しています。

ローマでは、ダウンタウンの中心の五ツ星のホテルに泊まれたのも良かった。ニューヨークは、ツアー会社が準備した中級のホテルをキャンセルしてもらい、中心から離れた旅慣れした人の泊まる、格安の三流ホテルを、指定した。仲間に悪かったかもしれないが、二つの理由から、そうしたのであったがー。

6月19日、駆け足だったが、もう帰国である。いま、ローマの空港でチェックインをすましてラウンジ。
AVIAPARTNERがユーザーと言うラウンジであるが、国によって、ラウンジの雰囲気は、全く違う。その違いが、たまらなく好きで、違うラウンジに入ると、わくわくする。

昔、ある女性を、ラウンジにご招待したら、あとで、[ せっかくの買い物ができなかったわね。村田さんは、自分のスティータスをみせつけたいのよ]  と周りの方々に言っていたらしい。

ウーン、さすが、カシコイ方だと、感心して以来、むやみに人を誘わないように心がけているのですが。買い物にも色々あるが、たかがラウンジで、スティータスもないだろうが、私のビリーフには、物的買い物もいいけれど、ラウンジのこの雰囲気と人種と職種や社会性の醸し出す目に見えないなにかの買いものが、興味深く、これも捨てたものじゃないぜ、と、たまには啖呵を切りたくなるが。

自分のムラと家しか知らない若者には、常識に凝り固まった安っぽい正義と井戸端会議的価値観のオジンやオバンの腐ったステロタイプの価値観やビリーフをかなぐり捨ててほしいのだ。(当たり前だが、優れたオジンやオバンも山ほどおられる)

今朝、ローマのホテルの出発間際、先にロビーに降りて皆さんを待っていたとき、初めてご参加の、いつも控え目な大学生が来て、ふかぶかと頭をさげて、小さな声で、有難うございましたと、言いながら、涙をながしていた。言葉はかすれがちでしたが、(感動的な旅でした。深いこころの奥に一生残る何かを刻み込み、有り難い想いで、胸がいっぱいです)という意味が、私の胸にひびいてくる。彼女を誘ったその娘の若い叔母が、言葉を添えて、有難うございましたと、お礼をいう。彼女の目にも、涙が、溢れていた。
思わず、その姪ごさんの手を握りしめていた。そして心のなかで、この純粋性で受けとめた事柄を、物質次元で汚されることなく、相対世界(物質世界)でも絶対界でも、二つの世界で、花ひらかせてほしいと、この若き女性のために祈った。

感動は、知性を越える。愛は数字で表現できない。数量化し難い。しかし、愛は理屈抜きに伝わる。
感動も同じであるでしょう。それは、一種の魂の震えでもあろう。しかも、それは共有できるのだ。物は、単純にその所有者のものである。所有者だけの喜びにすぎない。

ローマにくるたびに、そして栄華を誇った遺跡を見るたびに、それを痛感させられる。人間の偉大さとともに、人間の深い業そのものを、間近に見せられ、ただ、うなだれ、こうべをさげるのみである。
[ブルータス、お前もか!]  と叫びつつ、20数回も身体を刺されつつ、息絶えていったジュリアス-シーザーの体とこころの痛みを思い出すたびに、それが、少しは、我が身に甦るようで、ぞくぞくしてきて、思わず、想いを敢えてそらすしかないのですがー!

物質次元を、越えるとき、超越的意識に達する。そこは知性を越えた、真の叡知と愛の世界がある。過去の英雄や英雄に仕え、あるときは対立した芸術家たちが、そこにブローチしていたならこの地上には、別のバラ色の帝国が築かれていただろう!
仏陀も、イエス-キリストもそのことを、気づかせるためにこの星に、現れたはずであったのですがー! 誰が、それを都合よくねじ曲げたのでしょうか?

いま、FINNAIRのヘルシンキ行きの機内。もうすぐ、ヘルシンキの空港に着くと言うアナウンスです。急いで、着陸体勢をとらなくちぁ!

                                                                                 慌ててシートベルトの
                                                                                                     むらっち

[ ローマへの我が小さな奇跡]

2014年6月18日
 【】

   ニューヨークからスペイン。そのマドリッドから、イタリーはローマに着いたのが、16日の夕方だ。

ホテルには、現地の旅行代理店の社長とガイドさんが、待っていてくれた。

ここで、関西からスイス、ミラノ経由のもう一組の増井、富内、伊瀬知、島崎グループと合流する予定だが、このホテルに予約はなく、他のホテルだろうと言うことになり、一切連絡がとれず、困惑するが、ガイドさんに任せて、マリア-カラスも、通ったと言うレストランで食事。
食事の終わる頃、いきなりと言った感じで、不明だったさっきの一行四人が、現れた。
ビックリ! 同時に  ああ よかったと、ホッとする。代理店の手配によれば、同じホテルに部屋がなく、近くの別のホテルに変更され宿泊している、と言う。
別の旅行代理店(4緑)の連絡(4緑)のミス(7赤、9紫) とともに、4人は、私やメンバーにさんざん携帯で連絡したけれど不通(4緑)だったと言う。

しかし、これで、予定どうりに全員揃い、次の日は、チャーターした専用車で、これまた、手配してくださったレストランつきの農場に行けることになった。

15,6年前、一般ツアーに混じって、ある男性と私の二人でスペインを回ったとき、ガイドしてくれた人物が、じつは、今回のマドリッドのガイドしてくれた人物と同一であった。あのとき、その他大勢のなかのひとりのツーリストである私を、彼がおぼえているはずはない。しかし、私は、彼を忘れようがなかった。同行した男と、私がみたそのガイドの過去世とその人生の挫折とを、何回も同行の彼に語ったからだ。しかも、ガイドは、気付かなかったが、私と男の二人だけの裏どうりのレストランで食事をしているとき、ガイドが女性同伴で入ってきて、隅の席で、暗い顔をして語り合っていたのも印象に残っているのだ。
あのとき、ガイドの端々に滲む希求したであろう絵画の世界で身をたてようとしたことからの挫折感と、日本へのシニカルな目や批判には、どこか、恨み節があるように感じられ、私はわたしで、心の奥でひとりで、傷ついていたのだ。
だから、彼の事を忘れようにも忘れる事は、なかったのです。
しかし、今回の再開は、過去の諸々がスッカリ吹っ切れ、ガイドに徹した姿があった。シニカルな目は、笑いをとる職業的話術にしっかりと昇華されて、無邪気なツーリストを笑いの渦に巻き込む。その人間味と深さは、歳月を経て葛藤を克服し、変貌した密かな個人史として結晶していると思え、人間はかわれるのだと、思わず感動して、ガイドする彼の横顔をうるうるする目で、わたしは、みつめていた。
ひとは、人生のアーチストになれるのだとー。それはりっぱな一つの作品なのであろう、ともー。
その夜のセミナーで、その話の一端にふれたのだが。

そして、このローマでも、ささやかな、シンクロニシティは、続いておき、同時に気学的実験の成果をも手にすることができた気がするのです。

                                                          東回り一周の旅の意味に
                                                                              わくわくの むらっち

[ 静寂の中の炎のパッション]

2014年6月16日
 【】

    プラタナスの街路樹の昼下がりのバル。穏やかなコーヒータイム。
マドリッドの穏やかな街のどこに、銃剣と銃弾が火花を散らし飛び交い、幾多の血が流れたのだろうか。
平和を叫ぶゲルニカのような作品、魂の炎の情熱は、連鎖した魂の表現の現れであろうか。
数々のアーチストたちの炎の創作は、魂の叫びだろうか。

プラタナスの街路樹の梢が、6月の風にゆれ、目映い太陽の光の中を、ニューヨークからの二人と、日本からの山田さんたち、八田先生、津野さん、清川さんと合流する。

スペインの、6白の戦争と奉仕、王公貴族、7赤の芸術と情熱的愛の交錯のシンボル

古い歴史は、流血と贅と退廃と魂の叫びとを、静かなヴェールに覆い、なにごともないかのように、プラタナスの街路樹とともに、たたずんでいます。


                                                                古都の佇まいに神妙な、
                                                                                   むらっち

[ 富士は晴れたり旅の空 ]

2014年6月16日
 【】

   人生、旅そのもの。よく人生に例えられるのが、旅でしょうか。 旅はみちづれ、世は情け、ともよく言う。
ニューヨークからヨーロッパへとまわる相棒は、富士晴美さんだ。五黄のかた。
どんな人かを言えば、ま、豪快にして繊細そのもので、しかも、純粋なかた。純粋だから、人を見る目は甘い一面もある。(富士さん、すみません甘いほうがいいかも)
あの、東大のリーサンちゃんを育て上げたママさんでもある。リーサンちゃんのことは、今回は説明を省こう。

これから、スペインに行くのだが、スタバで時を過ごし、レストランに移動しランチを
済ませる。さらにホテルにもどり、ロビーで車を待つ。

そんな時間の流れで、富士さんと一緒でも、すこしも、こちらが気を使うことがない。この人物の大きさ、おおらかさ、がそうなさしめているのか、私は、自分の事をやってもいいのだと、思わせるところがある。う~ん、これは、なんの祐気だろうか。

そう、言うまでもなく、二黒の祐気。逆に、二黒の剋気の人といると、落ち着かないこと、おびただしい。

自他共に、神経質にしない、させない、とは、二黒の祐気でなければならない。これは子育ての第一条件付であるはずである。緊張のなかに育つ子供は、緊張の種類にもよるが、どこか、歪み、どこか体調に異常があるようだ。
アレルギー性疾患しかり、大人でいえば、腰痛の大半の原因ともなる。素朴にストレスといってもよい。

私自身が、自己免疫疾患に悩み、膠原病の疑いで、5年の命だと、その分野の権威に言われて、ひたすら体質改善に邁進したあげく、体質を、細胞を左右するのは、意識であるという、当たり前のことに気付くのに、どれほどの時間とエネルギーと費用とが、掛かったことか!

実践哲学の気学は、そうしたことに、しっかりした答えを出してくれる。万物は気エネルギーでなり、気エネルギーは、深い意識、超越的意識に導く。それが、運命を左右し体質も左右する。ブルース・リプトン博士のような科学者が、やがて、どんどん輩出すれば、世界は、何もかも変わるだろう。

今、スペインのマドリッド行きのAAの機内で、続きを書いている。となりのドイツ青年にきくと、6 ,7時間のフライトだそうだ。富士さんは、反対側の白人アベックと並び、深々と、シートに埋もれているようだ。私も少し寝ます。
                                                           赤ワインに酩酊のむらっち


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運命カウンセラー。作家。心理学博士。健康科学博士。気学家。
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