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いきなり動く価値ー雪の札幌から

2013年11月11日
 【】

   天井まである一面のガラス越しに、札幌の街に、粉雪が、舞っている。
  今、11月11日午前9時過ぎ、プリンスホテルのコーヒー店。

   すっかり葉を落とした、針金のような街路樹に、春のサンクトペテルブルグの街に舞う、あの白いアレのような(笑) 真綿の演舞だ。

   昨日、東京・西日暮里でセミナーを終えるニ時間前、まるで、ヌーボーとして、突如、侵入してきた(と、わたしには、思えた)エネルギーそのものの固まりに、皆に話をしつつ、驚く。
  濃いエネルギーが人の姿をしていると思いながら、よくみると、札幌から直行したばかりの、なんとホロイワ社長であった。

【札幌は、豪雪になる、明日はたいへんですぞ】そのことばを、ボンヤリ聞いている私に、かみさんの枝美佳が、【セミナー終えたら、古賀さんと一緒に、すぐ羽田空港にいくべし】とご命令。予定では、明日じゃないか。

    皆さんにご挨拶もそこそこに、札幌に戻られる古賀さんとともに、カミさまのクルマで、羽田に運ばれたのです。

だが、予約している古賀さんは、ゆうゆうとANAに乗れる。しかし、わたしは、いつものように予約はない、しかし、これでも、ANAはスーパーフライヤーズのメンバーだから、飛び込みでも、どうにかなると、たかをくくっていた。それが、よくなかった。【本日は、全便満席です。それに、ファーストクラスも、ビジネスもあいにく満席です。キャンセルまちにいたしましょうか? 現在、11名お待ちですが、あしたは、悪天候ですので、皆さん、今日中にというかたが多いようです】
仕方なく、キャンセルまちにする。と、【どうぞ、お席がとれますよう、お祈りしています】と。キャンセル待ちで、混雑時に、丁寧に、お祈りされたのは、初めてだった!

    お祈りされながら、不貞なことに心は、JALに向く。ANAのターミナルから、JALのターミーナルへ枝美佳と、タクシーを飛ばす。

   グローバルメンバーのカウンターへ。やはり、ANAと同じで、全席満席! 困惑した私の表情をみたカウンターの女性が、【他の航空会社ですが、スカイマークのアキをしらべてみましょうか?  ただ、うちとの提携もないので、マイルなど、一切のサービスはありませんが】

   なんとご親切、サービスなんかよりも、札幌にいけたら、いいのだ。ボーッとしていると、枝美佳がお願いしますとあたまを下げる。
【村田さま、一席あいています。こちらから、予約出来ません。すぐカウンターへお急ぎください】
お礼もそこそこに、枝美佳が、真っ先にスカイマークのカウンターへ走ったのが、良かったようだ。チケットが無事ゲット!
    感謝、感謝!  影の声(人間って、こんなときだけ)

    だが、これからが、じつは、大変なことが、待っていたのだ!

   のんびり、初めて搭乗するスカイマーク(18000円)に興味津々で、搭乗口で、キョロキョロしていた。やがて周りがざわざわ、騒がしくなり、刺々しい声が飛び交う。

  ノンビリたちあがりスタッフたちを取り囲む搭乗客の輪に近づき、初めて、事の重大さがわかったのだ。

1) 飛行機が遅れに遅れ、千歳空港に着いても、現地の交通機関は、すでにないということ。
2) 航空会社としては、その保障はないと言うこと。
3)  千歳空港内の仮眠など、滞在は一切許されないこと。
4)  明日の便に振り替えは、可能であるが、ほとんどが、満席で、キャンセル待ちであること。

   これじゃ、乗客たちが、パニツク状態になるのは、当然だ、と初めて事態を理解出来た。ふしぎと、こう言うとき、パニツクにならないのは、たぶん鈍いせいかも知れない。

   いずれ、どうにかなるから、どうにかなる方法で、その時に、決断しようと、いう訳のわからないような決断をしたので、まわりの状態を観察する側にまわっていた。

すると、50台の女性と20台半ばのロシアの女性とが、千歳空港に着いたらタクシーをシェアしませんか?  と、話し掛けてきた。コックリうなづいてから、はい、宜しくお願いします。と寝ぼけた返事をする。もっと気のきいたセリフはないのかね。

  彫りの深いトルコ系の美女は、巧みな日本語で、自分の携帯から、MKタクシーに交渉していた。タクシーで空港から市内のマンションまで、約1万円なのを知っていたが、私は、彼女のかなり厳しくドライバーとのやりとやり、見事だな、とおもいながら、黙って聞いていた。
   二人の女性に、タクシー代金は、私が持ちます、と喉元まで、出掛けていたが、お二人の毅然とした雰囲気を尊重して、言葉をのみこんだ。

   話がまとまると、わたしたちは、名刺交換をして、搭乗まで、雑談に話がはずんだ。ロシアの女性は、日本に来て(留学し)日本に在住、トルコに近い国に、生まれ、モスコーで、育ち、妹は、モスコーで、内科医をしていること。ご主人は、同じ国のご出身。昨年まで、神戸にいて、今年から、札幌に転勤してきた、ということ。

仕事で、世界中をまわっていて、私と共通の思い出の都市がいくつもあったが、とても、口を挟む余地がなく、ひたすら、聞き役にまわっていた。

    もうおひとりのかたは、旭川のかた。塾の経営者で、教師。毎月カウンセリングの勉強のため、千葉に通っているとのこと。娘さんか、アメリカに留学し、帰国。大阪で、教師をしている。

ご本人は、世界中に旅行したいが、持病があって、それが難しい。難病を克服するのは、夢というか、
じぶんの役割を果たしたいからの気持ちが、その力になっていると、熱っぽく話す(全くそのとうり)。健康だったとき、ハワイと、ニューヨークに行ったきりだと、かたる。さらに続ける
   日本人の危機意識のなさ、海外への留学生の減少、海外の大学生たちが、どれ程必死に勉強しているか、そんな話をかたってくれる。全くそのとうりだが、ただ、聞くだけにとどめる。

   わたしは、お聞きしながら、ニューヨークに毎月通ったこと。さらにその前にニューヨークにマンションを借りていたこと。ハワイに毎月通っていたり、やはり、そこに、グループでだけど、コンドミニアムや家があったことなどが、走馬灯のように、脳裏をかけめぐる。まるで、それは、過去世の思い出のようにすら感じられる。

そして、様々な人生の絵もようを伺いながら、枝美佳と二人っきりで行ったあのイースター島で、理屈ぬきにわたしを襲ってきた【生きることは道楽なのだ】ということが、ふたたび甦ってきた。

   それは、むかし、ヒマラヤの聖者から直接的聞いた言葉。 神がいると仮定して、なぜ、神はわれわれ人間を創ったのかの、質問に対して【それは、神の遊戯です】と、肩を揺すって静かに笑っていたのを、ありありと思い出す。

    それは、しこりのように、長年の疑問として、ずっと我内にあった。その長年の疑問が、イースター島で、わたしになりに、溶けたのでした。

  いま、こうして札幌にいる。予定にない行動でありながら、すべては、旨く、つまり、結果として、札幌にいけたというささやかなことがらに、己の小さな計らいよりも、もっと、すごい知恵者にゆだねるほうが、いい結果を得ることがある。
   そう思うと、心底、有難い、と言う感謝のおもいがふつふつと沸き上がってくる。

人間って、たまに、全託することがあってもいいじゃん? 

   賢い方からの山ほどの反論を知りつつ、意識の深さの体験するかたの応援も期待しながら告白しています。

      ささやかな中の宇宙の意志に
               感謝の  むらっち

神の手

2013年10月31日
 【】

 沖縄発  神の手

 星風アカデミーのメンバー  富士晴美さんと 那覇空港で落ち合って、有り難く、お迎えの与儀さんの車に乗った。

  ドライバーを引き受けて下さったのは、親切な与儀さんの次男さんのMさん。俳優にしたいほどのイケメン!  そのうえ、立ち居振舞いが、出過ぎず引っ込み過ぎず、誠に、適切。今どき珍しい若者と見受けられた。

    次の日、リッチモンドホテルで、セミナーを引き受けて、【六大神通力と気学/意識の科学】を語った。

    非常に喜んでいただけたのが、嬉しくてならず、また、理解してもらえたのが、有り難くて仕方がなかった。

  軽い高揚感と充実感で、ほっとしていると、与儀さんが、【先生の、先ほどからの苦しそうな咳を、止めさせてください。まず肩、つぎに足を、さわっていいですか】

  滅多に、人に体を触らせないのに、どうぞ、お願いします!  と言っていたのは、我ながら、ふしぎであった。

那覇にくる前に、まる二日間、深夜まで、セミナーと交流会で、喋りつづけて、弱い喉をいため、疲れも溜まっていたのだ。那覇のホテルで、マッサージにかかろうかと、思ったほどである。
   与儀さんのお言葉に甘えて、お願いしたのが、良かった。溜まりにたまった邪気が、スーっとぬけていくのがわかる。
    周りのかたが、【顔色が、ビンク色ですよ】と、驚くほどの変化。

   自分のホテルにもどり、枝美佳に電話をすると、いきなり、【なおってるやん、咳が】

   そう、その即効性は、神の手によるものでしょう!  かたじけなく、有り難く、ただ、感謝あるのみ。ありがとうございました。


          神の手にひれ伏す  むらっち



聖地

2013年10月31日
 【】

沖縄の聖地に立つ


浜川の   御嶽(うたき)に立ちて
                                      わが内に
嚇嚇(かくかく) 燃ゆる
                            ギライカナイは


目覚めれば、まろうど来たり  夢枕
    浜比嘉島へ   訪(おとの)う  朝に


もどかしく 謎を解きたし 浜比嘉島
                アマミキヨ神  お導きあれ


                 神妙な   むらっち




セミナーの概要

2013年10月27日
 【】


昨日のセミナーのテーマは【東洋心理学】

1)ー気エネルギーとは何か。科学をはじめとする様々なな角度からのアプローチ
2)ー潜在意識と顕在意識【願望実現】に法則性はあるか

3)ー東洋心理学が考える【天人地】 のリズムとは【運】を創り、成功をもたらすメカニズムは存在するか
4)ー超潜在意識に潜む【自分の種】 気学・5層心理から紐解く【本質の自分】
5)ーまとめ 東洋心理学が現代人に教えてくれるもの

以上ですが、意識の階層と、5層心理の結びつき、実践哲学としての気学の意識の変容の実例を、もっと深くほりさげるのが、次のテーマかもしれません。

                       次の夢想にふける   むらっち



【意識】と【メビウス人財育成グラデュエイトスクール】のセミナーの熱気

2013年10月27日
 【】

    楽しく、充実した一日となった。お招きいただいた講師として、とてもハッビーで、高揚して、お話ができ、有り難く、ただ、感謝!  感謝!

  ご参加者のみなさん、主催者(統合共育研究所)の大野先生・新田先生に感謝してやみません。

   10月26日(土曜)のこの日は、折しも台風27号、28号が関東に急接近のとき、豪雨、落雷、土砂崩れに厳重注意や、伊豆大島などの前回の悲惨な被害とともに、日本列島にそのニュースが乱れ飛んでいるときであった。

    豪雨や暴風は、すぐ交通機関に影響する。【かながわ サイエンスホール】の会場に大阪はじめ、各地からの足があるか、どうか。主催者の新田先生から、小まめに、ご連絡が入り、様々な想定のもと、私の年内のスケジュールも確認、その想定のもとに、綿密なスケジュールを計画されているようであった。
   
   まさに完璧、安心感がある。気をもむ必要がない。緻密な計画性を感じて感動し、その気配りに有難う!

   ご連絡をいただくわたしは、  セミナーの前日まで那須にいた。札幌からもどって東京に一泊し、すぐ那須へ移動してそこで仕事をしていた。

    新田先生からの完璧なご配慮、ご連絡に感謝しつつ、その一方で、バチあたりなことも、思い浮かべていた。
    人間が進化して、意識が拡大すると、つまり、普遍意識あるいは純粋意識またはタオに生きることができるなら、自然現象の顔色など、伺うことなく、自由自在に振る舞うことができるのだ。

    一つのいのちの存在として生きる万物は、お互いにすべてを了解しあっているし、分かち合っているのだから、そこに一分(いちぶ)の齟齬(そご)など、ない。

   したがって、スケジュール管理やメモ帳は不要なのだ。
思うこと、行動することが、自然であり、調和にみち、なめらかで、【最小最大の効果】を生む。

   自然は私と一体なのだ、わたしは、自然であり、自然はわたしである。

   そんなことを思い浮かべているオイラは、ア~ア、ヤッパ、たんなる夢想家ナンヤなぁー     そんな理想社会目指して、星風会(星風アカデミー)を発足させて、はや、20年が過ぎちゃったよ! 

    理想実現   そのための、一つの確実な現実的効用のあるのが、東洋の実践哲学なのだがー。なぜ、共鳴するかたが、10万人、100万人に達しないんだと、嘆く。

   しかし、共鳴してくださっている方々が、数多くおられるではないか!  そのご縁ある方々を、もっと、大切にしなければと、深く、しみじみ那須で思っていた。するとそのとき、

【そうだ、オイラが、チャチなお話をするより、この本を紹介しよう、ヒマラヤ聖者の生活探求全五巻  をだ】

    そして、セミナーを終えた次の日の今朝。

   いま、朝日が眩しい。充実した気持ちと、なぜか、有難さにみちて西麻布の事務所で目が覚めた。9階の窓から、斜めに、朝日がさしこんでくる。

   昨日のセミナーで【意識】について、何人かのかたが、ハッキリ意識していただけたのが、うれしい!  有難い!  それだけでいいのだ。まずは、それが、第一歩! 
  
   意識を意識さえしてくれれば、あとに続く方の方が、はるかに優秀なのだ。 きっと さらに発展させ、人びとへ、広げていってくれるだろう!

            夢想にふける朝   むらっち




シンクロニシティか、セレンディピティか

2013年10月23日
 【】

   気学を実践すると、誰もが、ユングの言うシンクロニシティがよくおきるし、優れた科学者や芸術家たち、大成功するビジネスマンたちが引き起こすセレンディピティの体験をすると、ずっと、わたしは、主張してきました。

    9月30日に、19才のイーサンちゃん(東大 理Ⅲ=医学部在学の女の子)と、アラスカから帰国、成田空港に降り立った。

   早速、出迎えの枝美佳の運転で、われわれ夫婦が、【シンデレラ城】と呼ぶリーサンちゃんの東大駒場のとてもステキなマンションに送る。

    そのシンデレラ城の地は、始めてではなかった。なんと、55年ぶり。

   シンデレラ城に、リーサンちゃん母子に、夫婦どもどもご招待を受けていたけれど、忙しくて、つい成田空港よりお送りするかたちで、その所在地を初めて知る。しかし、そこは、昔、学生時代の新聞配達のエリアだった! 

   懐かしさがこみあげるが、マンション前で、リーサンちゃんのスーツケースを降ろして、別れを告げた。
    帰りの車で、枝美佳に、東大駒場エリアの新聞配達などのシンクロニシティと飛行機内で見た映画【華麗なるギャツピー】の話をする。いま、話題になりつつあるよ、と彼女がおしえてくれる。原作はご存知のフィッツジェラルドだ。あの村上春樹さんもお好きなアメリカの小説家。

   だが、私にとっては、【失われた世代=フィッツジェラルド作】であるヘミングウェイがすぐ浮かぶのだ。

   帰国してしばらくすると、【ヘミングウェイの妻】という作品が、ポーラ・マクレインによって発表されて、ドキッとする。没後50年記念の出版のようである。

    そんなことなど、全く知らずに、アンカレッジの街を、リーサンちゃんと歩きながら、なぜか常に、頭にうかんでいたのは、アーネスト・ミラー・ヘミングウェイのことだったのは、すでにblogに書いたとうりです。

【華麗なるギャツピー】のフィッツジェラルド。彼の作品の【失われた世代】は、まさにヘミングウェイもその代表でもあったのだ!  この一連のシンクロニシティは、どうだろう。

   じつは、それらの事を、10月21日のあさ9時半ごろ、千歳空港のJAL のラウンジで、携帯メールに書いて、さらに、札幌でみた夢と、現実が一致したシンクロニシティを記録していたのです。

      ご相談を受けた不妊に悩む七組のうち、二組が、受胎。10月18日の夜ある夢を見た、もしかすると赤ちゃんができた、受胎したのだ、と思っていたところ、セミナーが終わって、ほっとしたとき、受胎して6カ月の写真(エコー)を見せてくれた。熱望し、アドバイスを、ひたむきに、実践していたのを知っているだけに、思わず、目頭があつくなった。
   しかし、まだ、未公表ですので、という言葉に、心のなかで(おめでとう)を繰り返して、平静を装うことにした。

     セミナー終えた次の日、東京の仕事もあり、あさ早く空港に行った。チケットを頼んだが、どれも満席です、という。最終便もありませんが、空席待ちにしますか?  可能性は、と聞くと、何とも言えません。修学旅行生と台風の関係で、ご予約がなければ、とても無理です。
う~ん、彼女の言うとうりだ。次から次と台風が日本列島を襲っている。
 
  札幌、東京、大阪、京都、那須、沖縄、海外と移動している。連続してやってくる台風に、一度も足止めがないのが、不思議だろう。

   そんなことを、ボンヤリ思っていると【村田さま、いま、一席だけファーストクラスが空きました。お取りしましようか?】   オッときたか、こんな形で、やって来たか(シンクロが)、と内心思いつつ、有難うございます、お願いしますと、頭をさげた。
   JALのスタッフの彼女も、ニッコリ微笑み、心からほっとした笑顔をみせたのでした。JALのラウンジで、コーヒーを飲みつつ、一連のできごとをケネディやオリンピック開催の岸信介元総理とその孫・安部総理のオリンピック開催などと、自分の身近な出来事を整理した。すると携帯に電話、でるとホロイワ社長だ。【マンションの近くまで来たのですが、千歳空港までお送りしましょうか?】親切な有難いお申し出に感謝!  こうしたフットワークの軽さは、若さと成功する方々の前提条件だ、と思いつつ、感謝して電話を切る。

   さて、一連の出来事を 、整理し直す。
   この二週間の事柄を シンクロニシティの連続とみるか、コジツケや単なる偶然とみるか、人それぞれ。、    
   
   アーヴィン・ラズロをすこしは研究してみたら?  もうご存知なら、ご同輩よ、ますますのご幸運を、この世につくっていきましよう!


           アカーシャの力に感謝する
                                      むらっち


エトランゼ(2)-名声と富

2013年9月27日
 【】



  予約なしで、ステーキでは、アンカレッジでトップというノードストロームの一角にあるステーキハウスに、リーサンちゃんと、入る。観光客のないこの季節なら、まず大丈夫だという読みのとうり、すぐ、席にとうされた。各テーブルは、ローソクのあかり。

     【暗くて、わたしには、メニューが読めない。それに日本語のメニューを下さい】と、初老のベテランスタッフにいう。この店に日本語メニューがないのは、以前から知っている。何回もいえば、日本語メニューを揃えてくれるのでは、と淡い期待があるからだけど。しかし、【ないです】と、つれない返事である。

    未成年のリーサンちゃんにも、グラスの赤ワインのライトのをすすめ、自分は、辛口をたのんだ。随分前に
この店おすすめのニューヨークステーキを頼んだが、私には、まずかった。大味な気がして、後悔したものだ。

    それを、リーサンちゃんに告げて
【味覚は人それぞれだから、私は、ヒレステーキに】といえば、ニューヨークステーキは、ニューヨークに行ったときにして、わたしもヒレで、同調してくれた。
     リーサンちゃんの柔軟性、適応力、食事に一切の好き嫌いのなさ、大人への自然な対応力と適切なリスペクトの態度などは、東大生にありがちな勉強に一筋のガリガリの秀才ではない。
   なによりも、自分よりも優れた同級生や、同年代の女子大生を、心の底から、ほめたたえることに、わたしは、真実、驚き、感嘆してやまない。
   
   父親を早くに亡くした、母親の富士晴美さんの、子育て、教育の賜物でしょうし、静岡から望む富士山をみて育ったリーサンちゃんの生まれつきの資質とが相俟って、こう言う人柄と才能が、花開いたのだろう。

    リーサンちゃんは、決して没個性ではない。どころか、強烈な自我の強さをもつ。でなければ、東大医学部に、現役で合格するはずがない。

   枝美佳とリーサンちゃんは不思議と気が合う。二人の共通項は、強烈な自我を、よくコントロールしているところではないかと、思える。それ以外は、すべて正反対だろう。

    このステーキハウスには、この時東洋人は、我々だけだった。

    私の嫌いなパンが、おいしくて、思わず、うまいと、いうと、リーサンちゃんも、久しぶりに美味しいパンに当たりましたという。今朝のクロワッサンが期待していただけに、まずかったですが、これは、美味しいですね。と賛同してくれる。

     ヒレのステーキもうまい!  サラダをたいらげ、チーズたっぷりのオニオンスープをいただき、ワイングラスを傾けながら、リーサンちゃんの未来を語り合った。

  その輝かしい未来と、ハーバード医学部を出てさらにハーバードのビジネススクールも出た人のゼミナールを受けるという話。やっとそう言う人が、現れたか、と嬉しくなる。

   医師は、優れたスペシャリストだが、アホが多い、という見方もある。だから、大歓迎だ、ぜひ、そのゼミに出た方がいいと、お節介を言う。いわずとも、リーサンちゃんは、すでに申込んでいるのに。

    私はワインを飲みながら、頭の隅で、キリマンジャロの峰峰をみながら、猟銃を口にくわえて、引き金を引いたノーベル文学賞作家のアーネスト・ミラー・ヘミングウェイのことを、思いうかべていた。
   
   有り余るほどの名声と富とを得ていた男が、見た未来は、何だったのだろうか?  
 
   いかなる偉大な人物も、自身の展望によって、生の燃焼時間が決まってくるのだろうか。生きること~そして、名声と富は、結果であり、手段としてのツールであったものの反逆はなかったのだろうか
   
   年齢、キャリアに関係なく、プロスペクティブ・メモリーが、人の生き方を決めるのだろう!  気学は、自ずと、それに気づかせてくれる。

    うまい料理に感謝!
       人生の味わいに感謝の  むらっち



エトランゼのおセンチ?!

2013年9月27日
 【】

 

9/26(木曜) 朝、6時頃眠り、11:15に起こされる。シェラトンホテルの422号室。
  50年前亡くなった父に、何かで、激しく文句をつけている私。と、ドンドンと強くドアを叩く音とともに、掃除のオバサンが勢いよく入って来て、まだ、寝ているんだと、騒々しく、また出ていった。
  
   寝ぼけながら、【北東の象意どうりの夢だ】と、思いながら、慌ててジャブジャブ顔を洗い、lobbyへ。
    11:30の約束。lobbyには、どうやら朝の散歩と朝食を終えて、東大理科三類(医学部)生が、約束どうりまっていた。

   リーサンちゃん(理科三類の彼女をそう呼ぶ)も、行くと言うので、ホームセンターへ。じつは、ホームセンターは、和製英語なのだ。カウンターで【なんていうの?】と聞くと、愛想いい顔見知りの女性スタッフが、いつもの早口でいう。聞き取れないので【ここへ書いてチョ!】というと、見事なタッチで、Home Depotと書いてくれた【歩いていける?】
【無理、無理、Taxi がいいよ】お礼をいって玄関に歩き出すと、彼女とのやり取りを聞いていた大柄の男性スタッフが、Taxi を呼び、頼みもしないのに、【ハンマーとシャベルを買うため、Home Depotへ行ってくれ】とドライバーへ伝えてくれた。

   内心、しまった、小銭を使いきってしまったとあせる。そこで、リーサンちゃんに、1ドルあるかい?  というと、サーッと手際よく出してくれる。
  
   親切なその男の太い手の内に【ありがと!】と日本語で言いつつ、押し込む。どの国ででも、日本語で言うのは、意識してのことである。

   いつもアンカレッジにくると、現地のY さんと会い、アラヤスカヤのスキー場に一日がかりで行く。雪の山道を時に枝美佳とY さんが、交互に運転したり、ショッピングセンターで、様々な銃の売場をひやかしたり、アラスカ料理の食べ歩きをしたものである。

   しかし、私より一つ年上のYさんが脳梗塞で倒れ、病院に入ってから、二年ほど続けて見舞いに行って以来、音信が不通になった。

   わたしが、ある冬一人でアンカレッジに来て見舞った時に、病院の出口で、すでに言葉を失っていたYさんの車椅子から私を見送る姿が、輝いてみえたのが不思議であった。

   Yさんの長男は、公認会計士で、会社社長。次男は、シアトル在住の空軍パイロット。長男は、アンカレッジの郊外の住宅街に、美術館と見まがうほどの豪邸にすみ、枝美佳とご招待を受けて以来、やはり、音信が、途絶えてしまった。双方が、猛烈に忙しくなったのも、理由の一つだったけれど。
   
   昨夕、小雨の微かにふるなかを、夕食を済ませて帰る道すがら、そんな昔のことがよぎっていった。

   ブランクがあって、何回か来た地を訪れると、見慣れたはずの風景と、変わらぬ風景の交錯が、なぜか、心の奥にしみいってくる。

   時の流れの無情は、旅のなかでこそなのか、人生の味わいをしる老い故か~あらゆるものは、亡びて、また、新しい何かを生む~その移ろいゆく流れのなかで、人は、いったい、何を為そうとするのだろうか。
  
   19才の若い生命にみちみちたリーサンちゃんの人生は、これからが、本番を迎える。むろん、私の人生も、19才とは違う人生の本番が始まる。どこからスタートするのか、それは、本人が、決めればいいのではないか。
キリマンジャロの山々を、猟銃を口にくわえて引き金を引いたノーベル文学賞のヘミングウェイは、何を見つめていたのだろうか?

    微かな小雨にぬれながら、アンカレッジの街を歩いていると、今生の時の流れに、往き来した風景と懐かしい人たちとのおもいでが、点滅する。

   うーん、むかし、旅情という名画もあったよな、旅情の舞台は、やはり、ローマがいいのだろうか。アンカレッジだって、捨てたもんじゃないぜ。
   心の風景の問題だからさ。

                    多忙のなかのエトランゼ
                        を楽しむ  むらっち。



ワクワク搭乗まち

2013年9月25日
 【】

 

 ワクワク搭乗まち!
アラスカへ。久しぶりのアンカレッジ
あわただしく、今朝から、準備。といっても、原稿執筆用の資料づくり。
   6時から起きて、ゴソゴソ。その向こう側に、マナちゃんとミッシェルが、枝実佳の寝床に、まるで、人間のように軽く夏フトンを肩(?)までかけて熟睡している。そっと別室へ行く。
    朝、9時半。準備終えて、あとは、旅装だけ、これは、カミさんにたのむ
    同行者は、19才の東大生。通訳でも頼むか、気楽なもの。

    いつものように、早く成田空港へ
緊急の仕事を、済ませて、枝実美佳に渡す。受けとると、さっさと東京に戻っていった。

      ANA のラウンジに入る。いろいろなラウンジの中でも、好きなラウンジである。新しいし、きれいだ、ワシントンのラウンジは、ソファが、凄く大きく、体がうもれて、総皮張りだけど、古いので、すぐ滑って、小柄なわたしには、落ち着かない。

今、ガラス越しにみえて広がる飛行場は、雨で、煙っている。何機かの機体が、霧雨に、つややかに、静かに、佇んでいる。

あのなかの、どの飛行機に、のるのかな?   シアトル経由で、アンカレッジまで、よろしくたのむぜ!

      ワクワク搭乗まちの  むらっち



天才歌手;藤 圭子の悲劇のワケ

2013年9月5日
 【】

 ショックだった。歌手の藤圭子さんが、亡くなった、と言うニュースを聞いたのは、沖縄、那覇のまちを走っているタクシーの中であった。

 

 同乗している与儀さんか、永井さんに教えられて、驚いた。「宇多田ヒカルのお母さんが、新宿のビルから飛降りたようです」

 私の世代なら、宇多田ヒカルの母ではなく、藤圭子の娘はーと言う。

 

 ある時代の、不思議な暗い情念を謳(うた)いあげた天才歌手として、その声は、心の奥に、強い沈んだ印象を、今でも刻んでいる。

 芥川賞作家でオーデオマニア、観相家、剣豪小説で超売れっ子の五味康佑先生には、二、三回お目にかかったが、藤圭子のことを「歌は天才だが、気の毒に、薄幸な女性の相だわな」と言い、週間誌などのエッセーに書き、同情を寄せていた。


 また、国民的作家の五木寛氏は、絶頂期の藤圭子の歌を演歌ではなく「怨歌」として、時代の負と言うか、陰の部分を象徴的につきつめていく歌ーのような意味をこめて評価していた気がする。そして、こうしたルサンチマンな歌を歌い続けるのは、生き辛いのではないか、と言うニュアンスも述べていた気がする。作家たちの洞察力は、今となっては、残念ながら、まさに的確な予言となってしまった。


 フアンの一人として、私は、藤圭子が、引退した形で、1979年に渡米したとき、ああ、と天を仰いだ。五味康佑の予言どうりになってしまう、と思ったからだ。四緑の彼女にとってアメリカ行きは最悪のときであった。二黒の歳破が彼女を待っていたのだ。二黒の営むという象意が、生きることを意味するとすれば、歳破の二黒は営みをやめること、即ち自殺となる。まだまだ、数多くの象意をあげることは出来る。しかし、いまさら詮方ないことだろう、ただ、ご冥福を祈ろうと思う。

                運命は、自分のビリーフが決めると、しみじみの むらっち。

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運命を創る専門家/Dr.むらっちのモットー

運命カウンセラー。作家。心理学博士。健康科学博士。気学家。
略歴はプロフィールをお読みください。

気学などの意識の開発で、幸せを築く4つの豊かさを実現します。
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