アフリカから10名帰国 その2

電池切れで、一時ストップしたブログの続きです。

成田空港から東京に戻り、爆睡して目覚めたら、もう、朝だ。

目覚めた頭には、ケープタウンの街並みや海や空や、仲間と現地のひとびとが浮かぶ。

平和、人びとの温かさ、自然の巨きさ、美しさ、空のひろさなどなどが、1兆ヘルツで、人と物と自然が繋がり、天と地と大洋の一体化がもたらされる〰〰そのさまが、目覚めきれぬ頭を占領しています。

ヨハネスブルグは、世界一危険な街という。けれど、6、7年ぶりの空港に降り立ち、びっくり!  
この地上に流血の悲劇は未だあるものの「人間って、捨てたものじゃないんだ」と生意気なことを実感する。

かっての汚い印象の空港は、モダンになり、乗り換えもターミナル内で、スムーズにできるし、帰りは、ケープタウンから、成田までストレートに荷物が運ばれる。
かつては、乗り換えの時点でも、いろいろゴタゴタがあり、強引なポーターや自称ガイドに、高額のチップを強要されたもので、純粋うぶな旅人(特に日本人)は、素直にチップを渡していたものである。

旅ズレした私は、一人旅の時のこと。空港で強引にガイドするクモスケが、荷物を運んだあと、お金を請求したとき、頑として一切お金を払わなかった。
「お金!」と手を出す彼に、「勝手に君が荷物を持った。俺は、三回持つな。と言っただろ。ここは、何回も来て知っているし、これは自分で持てるものだから、君の力はいらない。だから、お金は払わない」
今、思えば、意地になって払わぬ自分が、恥ずかしい限りだ。一人旅の時は、そう言う自分のイヤな面が表面化するのだ。20代のころ、ローマ空港でもそんなことがあったのを思い出す。

今回、そう言う「クモスケ」的ポーターや自称ガイドは、あまりご活躍では、ないようであったが。

サッカーのワールド世界大会の開催が、この地で行われたことを機に、大きく、形(外観の箱もの)や仕組みも、大きく変わったのだ。振動(波動)によって相互作用があるために環境が変われば、当然のこと、人の意識も変わるのだ。
だからこそ、祐気旅行をするのだがー

今回ほど、楽をした旅はない。全員が、それなりに英語がわかり、自信にあふれ、人のために、気を使ってよく動き、「自分のために、あれやってこれやって欲しい」という参加者が居なかったこと。かっては、ときおり、この部屋は気に入らないから、変えてください、と自分がホテルに言うならいいが、仲間に言う人がいたり、食べ物で、妥協せず、まわりが気を使う。そんな人が、二人いると、何時間も食事でもめるのだ。

団長も副団長も、それをサポートする副団長のご主人も、みごとな動きを、知らぬふりして、わたしは、旅を楽しんだ。
いい気を呼び込むことに集中した。
アーチーとエレモア夫人の献身的ガイドは、仕事を離れたサービスであり、何回も感動したものです。

サンセットとフルムーンのセットという、滅多にない南アフリカの美しい現象は、意識の最も解りやすい原初的な現れでしたが。責任者としては、涙が出るほどの有り難さでした。

                                                                                感謝と自負のむらっち


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