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意図的シンクロニシティ

恐るべし、少女と少年の天才性

2017年11月11日
 【意図的シンクロニシティ】

   

「恐るべし、少女と少年の天才性」

 

トランプ大統領の来日を皮切りに、アジア歴訪は、メディアの目玉だった、と言っていいんでしょうね。

 

一方、読んでビックリ、知ってオドロキ、ページ開いて、うなった何冊かの本

 

そうです。14歳の中学の少女が書いた「さよなら、田中さん」に、笑って、泣いてしまった。

小学生から書いた小説が、受賞しているのだから、もう、中学生ともなれば、読ませてしまうのは、当たり前か

 

さらに、さらに、恐るべしは、16歳の少年が、なんと「量子物理学」をかたっている。どころか、かれは、「13歳の少年が書いた量子物理学の教科書」を出版しているのだぁ

 

ずっと、量子物理学を、昭和の御代(みよ)から、追っかけ続けているボクにとっては、ああ! 驚天動地そのもの。セミナーで、その切れ端を語ってきたり、恥ずかしい限り~いや、いや、時に僕よりヒドイ、エセ・インテリさんは、わかったふりして、ワケわからん量子物理学の解説すらあったりしていたなぁ。

 

ウーン、将棋の世界やスポーツの分野だけでなく、10代の「異能」の出現は、AIの時代にこそ、ふさわしいですよね。

 

かと思えば、熟年期でも、凄いかたもおられますぞ🎵

 

例えば、今回ノーベル文学賞を獲得された「カズオ・イシグロ」さんではなく、この人だ。

「松浦寿輝(ひさき)」さんという。

小説「名誉と恍惚」が、谷崎潤一郎賞を受賞。それだけなら、わざわざ、取り上げません。このかた、じつは、東京大学名誉教授。

芥川賞作家。詩人。批評家で、受賞は、今回のドゥマゴ賞(フランス)と谷崎潤一郎の二賞同時で、計十二賞を獲得。62歳。

中央公論に載せた「残りの時間でできること」のエッセーも味わい深く、考えさせられ、身につまされる。

 

高尚な気持ちに昂(たかぶ)ったのに、次の二冊は、メディアに洗脳されやすい己れの軽薄さ、に腹が立ち、汚濁の日常にもがきます。

 

「危機にこそ、ぼくらは甦る」青山繁晴の著 書き手の情熱が胸を打つ。

 

「森友・加計事件」

〜朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪〜

 

帯には、「スクープはこうしてねつ造された」と大きな活字。小川榮太郎著。

 

もう一冊は、日本をダメにしたいフェイク報道に騙されるな!と表紙に書いた高橋洋一著「ついにあなたの賃金上昇が始まる

 

エコノミストほど、分かりやすい正反対の意見をいう人はいないように、ボクには思える。2015年に日本は破綻、破滅すると言うエコノミストたちの本を今も書棚においてある。破滅していたら、本棚などにないはずだ。飯食うために、古本屋に売っているからね。

 

気分が悪いから、必ず、反対の本も揃えています。

社会科学は、科学ではないのですかね

 

それで、やはり、中学生の書いた「さよなら、田中さん」を読んだり、1300ページの「名誉と恍惚」にチャレンジする。

 

メディアやコメンテーターたちが、こぞって同じことを言うのとは、正反対の視点の著書が、なぜか、感動を呼びます。

 

澄んだ瞳の少年・少女の天才性や、本物の成熟した知性が、カオスのなかの真実を、あぶり出してくれるのでしょうか。

 

〜異能の天才性がステロタイプを破壊するかな〜と期待するムラッチ



  

笑って、泣いた!






書き手の熱が迫る






読むと痛快






メディアに洗脳されるかされないか?






           

「70万円の得で、130万円の損との出会いとは」 ーそれは奇跡か、必然か。みんな事実ですー最終回

2017年6月30日
 【人生・不思議体験,意図的シンクロニシティ,セミナースケジュール】

    すべて無傷で、なぜ、我がもとに戻って来てくれたのか❗







戻ってきた携帯のカバーのみ。本体は、GPSの追跡を恐れたかな?




「70万円の得で、130万円の損との出会いとは」
ーそれは奇跡か、必然か。みんな事実ですー最終回

個人の携帯電話の番号を、彼が、なぜ探し得たのか?

そんな事を考えている場合じゃない。穏やかに名乗る大使館員に、事情を説明した。
「ウーン、韓国のトランスファーでなく、入国・出国をするのですか? それでは渡航証明書は、役立たないかも知れませんね。とにかく、いまは、自宅ですから何とも出来ませんので、明日、大使館でお待ちしています」
そのあと私は彼に続けて言った。
あなた様のお名前を借りて私宛のお金を、日本から送金したと言う連絡です。どうぞ宜しくお願いします❗
と言うと、それは問題ありません、と電話は切れた。

万事休す。パスポートをつくるために、日本から戸籍謄本をとり、ヘルシンキに送ってもらうのに、どれ程時間が掛かるか、いま、3月24日なのに、4月まで日本への航空チケットはない。
一席だけ4日後に、片道の日本行きが50万円であるにはある。しかし、パスポートは4日間では準備出来ないではないか。

ガックリだ‼️
タカシロ氏が、もう口癖のようになった「タイミング時期が、みんな悪いんだよな。最悪!不運なときってえのは、そんなものだよ」と、まるで自分のことの如く、ぼやく。

羽田空港だけでなく、日本ならどこでもいいんですが、と問う私に、彼は、成田、名古屋、関空の便をみんな調べましたよ。それに追っかけて私は言う。
たとえばトルコ経由とか、ロシア経由とか、はどうですか?
すると、反射的に、彼は言う。地球の反対回りでもいいから、親しい連中に、みんな聞きましたよ。いずれも、パスポートがないと、帰国出来ないね。
吐き捨てるように言った。

「タカシロさん、これから、遅いランチでもしませんか? ご馳走させてくださいな。いまや、ゆとりがありますから(笑)」
いや、これから、仕事があるので。と言い、もうこれ以上打つ手がないので、明日の朝、一緒に大使館に行きましょう。明日9時にここへ来ますよ。
きびきびと言って、手を挙げて、ホテルから出ていった。

ホテルの部屋に入り、呼吸法をし、瞑想にはいる。

いまや、すべては、ケ・セラ・セ・ラ。なるようになる。

気がつくと、90分が過ぎていた。電話が鳴る。出ると
日本からだ。30万円弱で羽田空港の便をとれますが、と言う。お任せします。と答えた。
パスポートがなければ、無駄になることはわかっていた。
しかし、すべてお任せ。それが、思し召しならー。

そして、もう一度、瞑想に入った。静寂の、そのまた奥の奧へ~。

朝、一番。タカシロ氏と大使館に行った。
昨日の無礼を、大使館員にわび、書類と写真を渡す。彼は「昨日、韓国にも電話で問い合わせをしたのですが、国際情勢の問題もあって、微妙な様子ですね」
と書類を持って事務所の奥に消えた。
と思ったら、直ぐさま、足早に、私とガイドの前に前に現れた。
温和で静かに語る彼が、珍しく早口で私に、言った。
「村田さん、パスポートが見つかりました❗ いま、この電話に連絡です❗」
タカシロ氏と私は顔を見合わせた。

「フィンランド語がわかりますか?」と勢い込んで、タカシロ氏に言う。
うなづいた彼は、大使館員から、携帯をもぎ取るように手にした。早口のフィンランド語て応答している。
電話を切って、ここから、車で30分前後の、難民の多い町です。
すぐ行きましょ!
と言うと、大使館員も早口で応えた。では、パスポートが手に入ったら、ここへ戻って来てください!待ってます。

40年住んでいる彼でよかった。大使館員が、呼んでくれたtaxiに乗り込み、指定の場所に飛ばした。

タクシーから、羽生結弦選手たちの国際フィギュアスケートの会場となる建物の近くには、追っかけの日本ファンたちののんびりした姿が、あちらこちらに見える。
そうだ、もうすぐ国際大会だ。だから、一層、航空チケットがとれないんだ。

そう、思っているうちに、タクシーは、人影の少ない田舎の広い街路をはしる。と、背の低い街路樹の下にコロコロした中年女性が立っている前で、タカシロ氏は、車を停めさせ、窓から、彼女になにかを言った。

その女性が、うなづく。彼が降りる。もどかしく、私も降りる。彼女の手に、なんと私のエルメスのバックがあった。

えっ! 私は 声にならぬ声をたてていた。嘘ではない❗
渡された自分のバッグを手にして、そう思った。
ゆっくり中を確かめる。

まず、パスポート。開く、間違いない。
お気に入りの黒のクロコダイルの長財布。もうひとつのカード入れと、8枚のカード。さらに、携帯のカバーがあった。
ないのは、現金500ユーロと20万円の日本円。携帯電話本体がなかった。いや、もうひとつ。これらを一切ひっくるめて入れていた布製の数千円のペラペラの袋もない。

こころ優しい方。情の深い人よ。
愛用している品々をそっくり返してくれたのだ。現金が役立つなら、どうぞ、役立てて下さい。瞑想のときと、同じ感覚。理屈を超えた不思議な感謝の思いがわいてくる。

「意図的シンクロニシティを起こす」ーそれは、元のハーバード大学のジル・ボルトティラー博士の「奇跡の脳」にある体験と共通する意識状態のおりに、可能となるのでしょう。

人間の可能性は、興味深く面白い。常識を超えた可能性は、意識の奧の奥の根底にある。
その意識が、自然の法則に一体化するときに発現するのでしょう。

その日の夕方、日本でとってくれた航空チケットで、戻ってきた愛用の品々とともに、羽田空港に向かう、フィンランド航空機内にいた。

至福に包まれていた。

「我はそれなり、汝はそれなり。これすべて、それなり」(古代インドの哲学書)が、心の奥でリフレインされていました。

万感を込めて、読者のあなた様にも、有り難うございます❗

         ♪ほんとの平和と愛の発現こそーむらっち♪



「70万円の得で、130万円の損の出会いとは?」-緊迫する国際情勢とノー天気なボケむらっちーその4

2017年4月29日
 【意図的シンクロニシティ,金財運,人生・不思議体験】

イケメン、ユーシの運転するクルマは、ヘルシンキの港・有名な星型のスオメンリンナ要塞へのフェリー乗場につながる石畳みの、大好きな公園通りを走る。

左手に、よく行く洒落たガラス張りのユニークな建築の、キャフェ・レストランを見ながら通過したかと思うと、すぐに左折した。


この辺りは初めてだなあ、と思う間もなく、クルマは何の変哲もない大きなビルの前に、スーッと停車した。


思わずキョロキョロする。ん? 大使館は? 東京・麻布では、散歩コースに、華麗で豪壮な門構えの威圧するような建物があり、時にポリスの姿も見られた。


ユーシの後のついていくと、ビルの柱に小さなプレートがあった。「在フィンランド 日本大使館」小さい看板だけれど、頼もしく光って見える。もし一人で来たら、探すのに時間がかかっただろう。彼は、ためらうことなく、幾つもの企業が入っているそのビルの重いドアを押して、一緒に入った。

金髪の美しい受付嬢に会釈した彼は、さっさと私を促してエレベーターに乗り5Fのボタンを押す。

彼は、何回も来ているのだな。


エレベーターを降りて、えっ? 1・5メーター先の目の前に壁? 左右は3メーターぐらい先に壁じゃないか。するとユーシは、たじろぐ私にお構いなしに、左側の壁に手をのばした。インターホーンだ。

早口で、何か言うと、正面の壁を手で押した。壁ではなくドアーだった。入った。また、エッ?となった。またまた、関所だ。

なんと、空港のX線検査ゲートとおなじものがある。その向こうに、制服こそ着ていないが、いかめしい大男が、ニコリともせず、真っ正面にたっている。


ユーシに促されるまま、一人ゲートをくぐり抜けて、彼を振り返った。ゲートの向こうから彼が、早口の英語で言った。

「わたし、ホテルに、もどります。ミスタームラタは、そこで教えてもらって、ホテルに、帰って来てください」

「オーケー、問題ないです。有難うございます」


テーブルと椅子が20脚以上もありそうな広い待合室。静かだ。訪問者は自分一人だけか。いすにかけて、大使館員を待った。

それにしても、一体、いつから、こんなにも厳重になったのだろう。


随分まえのこと、ニュージーランドのオークランドに、3か月滞在した折、借りたマンションの斜め前の「領事館」に領事を訪ねたが、受付も待合も領事の部屋も、広々として、何よりも明るく解放的であった。

また、大坂の「ロシヤ領事館」には、藤波孝生衆議院議員に頼み、ロシヤの少数民族のナナイ族訪問のことで協力を要請に訪れた。むろん、そこは、華麗な雰囲気で文化的ではあっても、大使館内でX線ゲートをくぐるなんて、想像も出来ないことであった。


いま、国際情勢の悪化は、至るところに現れている。


国際情勢の緊迫感は、個人を直撃する。


日本人ジャーナリストが、テロ集団・イスラム国の兵士に殺害されたその時、イスタンブールの空港にいた。ちょうど、帰国の飛行機に搭乗しようとしたとき、ストップが掛かり、何時間も待たされる羽目となり、説明があったのは、ずーとあとのことだった。ロシヤの空港では、説明のないまま、何時間も個室にまたされる。拘束しようとすれば、どうにでもなるのだ。いずれも、一人旅である。


拡散するテロリズムと、おそらく人類史上二番目となる民族大移動の難民。各地の紛争といった渦の中で、吹けば飛ぶような「個」のもろさと「国家権力」の強大さとを感じる時、無力感にさいなまされる。


たった一冊のパスポートと言う小さな手帳が、自分の生命と財産とを守る証とは…!


ふっと、気がつくと、背の高い30代に見える大使館j員が、現れた。電話に出た方のようだ。

「お待たせしました。村田さんですね」

ハイ、村田です。お電話では、ありがとうございました。よろしくお願いします。と言いつつ、内心ではお金を借りることで、いっぱいだった。

(50ユーロは、個人的に写真用に貸してくれると電話で言ってくれた親切な方だ。けれども、100ユーロを借りたい。いろいろ、電話もしたいし。でないと、身動きとれないから。どのタイミングで切り出したらいいのか)




Finnair(フィンランド航空)のこの時期、70万円もする席をプレゼントされたのはいいけれど〰️
「行きはよいよい、帰りは怖い」➰その名残りが、このさみしいグッズだけ⁉️


 §ノーテンキでも100ユーロが欲しいムラッチ§





70万の得で、130万円の損の出会いとは?ーそれは、偶然か、偶有性かーその2

2017年4月12日
 【気学,意図的シンクロニシティ】

    

「日本の桜が、海外で大人気。春のヘルシンキからの航空便は満席❗」




「神社・仏閣と階段と桜は日本の情緒だ」




まさか、地獄・奈落へ落ちる思いがするなんて、知る由もなく、AY078機は、ヘルシンキの空港には、3月23日の昼下がり定刻に着いた。

促されて機外に出る。が、頭のなかは赤いワインの液体と、まだ読み終えてない小説作品の世界で、いっぱいだ。ほとんど寝てないが、ワインと小説で火照った身体は、タクシー乗り場で冷たい外気に触れて、心地よさが増す。久し振りの大好きなフィンランド。

名作(出版されたばかりだから、評価はこれからだろうが、私には名作である)「蜜蜂と遠雷」の世界に浸りながら、言葉では表現できないほろ苦く、どこか甘い惜春と、取り返しの出来ぬ地点まで来てしまった、おのれの人生の過ぎ去って行った煌めく月日と言う時間の流れーーータクシーのゆれに身を任せながら、思う。「このセンチメンタルも、エトランゼであることと、あの作品世界を触媒とする心の奥に畳み込まれた、それぞれの人生を綾なすピースの一つ一つが、美しい旋律とともに、映像を結んでいくからだろう」と、自分で自分を納得させる。

予約した半円形のビルが二つ並ぶ、メガネ型のホテルの玄関に、クルマはすべりこむ。47ユーロとメーターの表示だ。おお、少し近道をしてくれている。うれしくなる。タクシードライバーに50€をわたし、おつりは、どうぞ。と言うと凄く喜んでくれた。

わたしより背の高いチェックインカウンター譲が聞く。どんなお部屋、ご希望です?

お任せするよ、眺めが良ければいいよ。では、604号室です。にこやかに言い、向こうの棟のビルですと指さした。

部屋はツイン。広いテーブル。ゆったりしたソファーセット。仕事がはかどりそうだ。

ベッドに寝ころんで、部屋のキーの604の番号を見る。「そうか、今年の象意そのものだ。新しいスタート、必要なことの復活か」ーーでも具体的には何だろう。仕事も家庭生活も人生観も、さらに、人間関係や仕事のやり方も見なおす、と言う事ではあるがー。この時、後に起きることと密接にリンクしているとは、つゆ知らず、多幸感に包まれていた。

ベッドから首をもたげると、ヘルシンキの街が見える。夕暮れ時か、ビルの上の空が、刷毛ではいたような薄いブルーで広がり、オレンジ色の夕陽が一部の建物を染めている。

平和で穏やかな夕景。窓側に立つと、公園風の広い緑地帯の左右の美しい歩道を、三々五々、背の高いスマートな人々の歩く姿。森と湖の国。周囲の大国にいじめられてきた歴史を持つ国。だが原発を五基を持ち、原発廃棄物処理のオンカロのある国。それでも、大好きなフィンランド。

満ち足りた喜びのまま、ベッドに戻る。仕事よりも、読みさしの「蜂蜜と遠雷」のページをめくる。

至福のひととき。たちまち作家・恩田陸描く虚構の真実空間に入り込む。ベッドがまるで旋律を奏でて、空間に登場人物たちのひたむきな姿が映し出されているようだ。

抑えがたい感動は、とめどもなく溢れる涙となって吹き出てくる。ページの行間から立ち上がってくる演奏される音。その音の紡ぐ世界が迫ってくる。古今の名曲のその音は、理性と意志とを奪う。裸の魂の喜びと、その中にある哀切と。いったい、この溢れる涙は、何なんだ。

次の日、魂の至福の時は、一気に暗転した。

3月24日、午前11時半から13時の間に、それは、起きた。

この日、朝8時に自分のホテルをでた。気学的奉斎のいい場所の下見に出かける。3時間半歩いてめどがつき、ヘルシンキでは、最も大きく古いホテルの一つの、広々としたロビーに入った。

疲れた足を低いテーブルにのせ、その上にコートを掛けた。白い布製のバックにすべてを入れ、それを、両膝の真下に置く。

ペットボトルの水を飲み、おもむろに本を開き、続きの作品の世界に入る。ページをめくりながら思う。1時になれば、ここを出て、途中で見つけておいた、すし屋でランチにしよう。それにしても、なんとも騒々しい。凄い団体客だ。アジア系と中東系の団体はうるさいなあ、白人はカップルが多い。そうした旅行客らしい中に、打合せか休憩の地元の人たちも、増えてきたようだ。ごった返す雰囲気の観察にあきて、小説に熱中した。

ふと、気がつくと、周囲に誰もいない。

えっ 誰もいない。広いロビーに人影はない。背中の方をを振り返ると、10メートル先のカウンターに、ホテルの若い女性達が、暇そうに雑談をしている姿が小さくみえる。膝の下のバックに手を伸ばす。ない。ない。ウソだろう。

立って、探す。ない。えっ これって現実?そのあたりに、チャンとあったりして。広いロビーを見渡す。見事に自分がたった一人だけだ。バックは? ないものはない。

現金のすべて。パスポート。携帯電話。手帳。ショール。2冊の本。

誰が見ても、顔面蒼白だったろう。午後1時半。

慌てて、カウンターに行き、警察を呼んで下さいっ と何度も言うが、ダメだ首をふる。自分で警察に行け、という。

たぶん、呼んでもダメだろう。事情聴取で終わりだろう。1円もない。携帯もない。どうするっ?思うほど、絶望的になる。

まず、自分のホテルに、戻り、それから考えよう。

手元に残った小説本一冊だけを、抱きしめて、外に出た。「この出来事は、偶然か、偶有性なのか。この出来事との出会いは、いったい何なのか」固く冷たい石畳を踏みしめながら、孤独の恐怖がはじめて迫ってきた。

冷たい風が強く、寒い。一円もなく連絡手段がない事に、改めてパニックになりそう。それほど、お金と携帯に依存していた自分。歩きながら考える。お金がない事実をふまえてどうするか。最低限今すぐやることは何か、。

①まず、日本または日本人に連絡を取ることに全力を尽くすこと。
②次に、水の確保だ。

凍える思いで、自分のホテルに、飛び込んだ。



   § 顔面蒼白ヨレヨレのむらっち §








「うねる大地でー❗ 3.11ー予知夢とシンクロニシティ」

2017年3月13日
 【人生・不思議体験,意図的シンクロニシティ】


       

「6年前の東日本大震災とは違う満月前夜だっがー」



「まさか、6年前の同じ日の同じ夜のように、高速道路がストップするとは🎵




「東日本大震災のあの時間に、大地が揺れて、この影の先の桜の木にすがっていた私」



 


「植えたこの沙羅双樹の木は、大震災を知ってか知らずか、やがて芽吹くはず」




「うねる大地でー❗
3.11ー予知夢とシンクロニシティ」

6年前-
2011年3月11日午後2時46分。福島原発から直線距離96キロ地点の那須の山荘にいた。

大きな揺れに、妻の枝美桂は、イーちゃんとマナロアを抱え、電話をしていた私は電話を切って、慌てて庭に飛び出した。
歩けない。
大地がうねっている❗

辛うじて、庭の桜の幹にすがった。10メーター先においてある白いステーションワゴンが、海に浮かぶ小舟のように、揺れている。

大地が波打つのを、生まれてはじめて実感した。

昨夜の夢と同じだ。
枝美桂の夢はリアルであったが、私の夢は象徴的である。夢日記を3年間つけて自分の夢の特徴を知っていたので、その日のあさ、のんびりと、二人で、語り合って、近々、なにかあるかもね、とお茶をしていたものだ。

そして、一昨日の3月11日の午後2時46分。枝美桂と、6年前のあのときの同じ現場にいた。

桜の幹に手をかけて
被災者への黙祷を捧げる。

写真を撮る。庭は、何事もなかったかのように、静けさをたたえている。

私が植えた沙羅双樹も、やがて芽吹くだろう、とほっとして、東京にもどるために車に乗った。

高速の東北道。夕暮れの空に満月まえの月。快適なドライブ。

6年前の惨事を回想する。
あのときー。
余震が続くなか、夢に見たとうりに、混乱の起きる前に、急ぎガソリンを満タンにし、コンビニで水と食料品とを仕入れて、東京に向かった。
停電のため、信号は消え、高速道路は閉鎖。一般道を走るが、やがて渋滞で夜。1時間半か2時間で着く東京に、11時間かかり、次の日の明け方に着いた。

そんな思い出を語り、平穏無事な幸せを噛み締めているとき。
「大変、高速道路で火災だって! 通行止めよ」
「そんな、バカな!」
と、あわてて、疾走する車内から、標識をみる。
本当だった。

急ぎ、高速道路を降りる。長蛇の車列が、ずっと続いてうる。ワアーオ あのときと、同じじゃないか❗

那須山荘に、通いだしてから、10年がたち、6年前のあの大地震の時の様相に似た状態に、ゾッとする。
3.11の同じ日、同じ時刻、同じ道路で、東京に向かう。10年のうちのたった二回目の体験。
まさに負のシンクロニシティである。

京都で体験した1月17日早朝の淡路・阪神大震災と東日本大震災の共に近辺のこれも二度目の体験。

セレンディピティとシンクロニシティの意味を追及する者として、また、量子気学の体験を科学したい者の一人として、決して、見過ごすことの出来ない出来事である。

ハンドルを握る枝美桂に聞こえぬように、呟いた。
「二度有ることは、三度あるー。
忘れた頃にやって来ると言う災害を、事前に知る手だてはー?」

車は、深夜、ようやく首都高に入っていた。

いつもの東京タワーが、何事もなく、夜空に輝いて見えた。
予知夢は、紛れもないシンクロニシティの一つであるがー。


★つかの間、ほっとする、気休めのむらっち



 

 

 

「幸運と不運の法則」その7

2016年10月13日
 【気学,瞑想,ヒプノセラピー,意図的シンクロニシティ】

     

イギリスの心理学者・リチャード・ワイズマン博士がNHKの番組に出たと言う、星風会のメンバーからのご連絡で始まったブログが、これです。
「その7」ですが、じつは、間に「幕間の休憩」が、入っている。けれど、それはブログでなく、Face Bookにのせたので、回数に入らない。入れると「その8」であるけれどー。
それにしても「その1」は、5月16日であった。時間の流れは早い、早い。もう10月の半ば。
毎月のように来ているここシドニーは、いま夏に向けて、まっしぐら。
さて、ワイズマン博士は幸運の人の4つの法則の1つが「チャンスを最大限に広げる」人と言っている。
ここで思い出すのが、将軍家の剣の指南番・柳生家の家訓とされるエピソード。

下) 縁にあって、縁に気付かぬ人。
中) 縁に気付き、縁を活かせぬ人。
上) 縁を作り、その良縁を活かす人。

少し、私流にアレンジしたが、成功する人は、縁において「上」の人であり、あらゆる事柄との良縁を結ぶことの出来る人と言える。
しかし、多くの場合「運やチャンス」は、犬や子豚ちゃんが運んでくることは、滅多にない。人間との出会いが、鍵だろう。
その道の大成功者は、人との出会いを、チャンスにしている。
歌謡界の大御所の北島三郎にしても、作詞家で直木賞作家のなかにし礼氏と石原裕次郎との出会いにしても然り、その典型である。
人生相談やらカウンセリングをしていると、ひしひしと、「不運な人の不運な出会い」を痛感する。貸した金が戻らない。付き合った相手が詐欺師だった。取引先が倒産した。乗ったクルマが事故にあった。いろいろな人生ドラマである。
買った品物が、欠陥だらけなどー。小さな不運から大きな不運。これも出会いのひとつだろう。
そういう不運な出会いは、どうして避けるのか、ということに、ワイズマン博士は、答えてない。「チャンスを活かしなさい」といいその実例を豊富に述べてはいる。
もちろん、それはそれでいいのだ。なぜなら生きる意欲がわくからだ。
しかし、チャンスを活かす前に、いいチャンスとの出会いがなければチャンスはいかされない。いいチャンスに出会うという、そのメソッドがないのが、ワイズマン博士の理論の、玉に傷のところだろう。


 では、どうするか。
物理学者のパウリとユングが研究し、提唱したシンクロニシテイを活用する、と言うのが私の提案だ。
良い出会い、良い遭遇があってこそ、幸運を最大に活かせるのは、誰もが納得できるのではないだろうか。
そうです。良いシンクロニシテイを起こすこと。
そのために、星風会では、3つのメソッドを提供・提案し、実践している。
実際に、自分にあった方法を選択すればいいし、3つとも実践して、効果をあげている方々が多い。
その3つをあげておこう。
1)実践哲学としての気学
2)瞑想
3)ヒプノセラピー


まだいろいろあるが、一つにまとめると、「意識の拡大」と言うことになる。
効果の実例は数々あるけれど、実践したぶんだけ、チャンスに恵まれるのが、面白い、やめられない。
さらに「意図的シンクロニシテイ」を起こすというところまで、いまや進展しているのが、実情と言える。

     止まらない・やめられない    ムラッチ






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運命を創る専門家/Dr.むらっちのモットー

運命カウンセラー。作家。心理学博士。健康科学博士。気学家。
略歴はプロフィールをお読みください。

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